現代自動車グループ本社(ソウル)前でプラカードを掲げる従業員たち。写真は2014年8月当時のスト【AFP時事】
現代自動車グループ本社(ソウル)前でプラカードを掲げる従業員たち。写真は2014年8月当時のスト【AFP時事】

 ◆ジャーナリスト・崔 碩栄◆

 昨年12月初旬、韓国を代表するグローバル企業、現代自動車の労働組合と経営陣が衝突した。

韓国内では「またか」という、あきれた反応だったが、海外からこれを見ると、非常に「異質」なものに映ったに違いない。

 ◇ながら作業が前提

 一般的にどの国でも、労組と経営者は賃金、雇用、労働環境の改善などの問題をめぐって対立する。しかし、現代自では今回、海外では見られない問題で衝突が起きた。

 会社側が工場内の無線通信Wi-Fi(ワイファイ)を遮断すると宣言すると、労組はそれを受け入れられないと反発したのだ。驚くべきことに、労組は作業時間中のWi-Fi利用を強く要求した。

 現代自労働者の勤務態度は、数年前から批判を受けてきた。

 2013年に韓国のメディアが、現代自の組み立てラインで作業をする労働者がタブレットやスマホでユーチューブ、ドラマ、映画を見たり、株式取引をしたりしているという告発記事を報じたが、経営陣は長い間それを是正できずにいた。

 現代自労組は韓国内でも強硬派として有名で、経営陣が何かの問題で労組の逆鱗(げきりん)に触れると、すぐにストライキを起こす。

 1日の休業だけでも莫大(ばくだい)な損失を被る現代自の経営陣は、ストライキによる被害を避けるために、これまで労組に妥協をしてきた。

 今回も、労組の勤務拒否宣言に、経営側はWi-Fi遮断計画を一時留保したが、我慢の限界に達したのか、数日後に再び遮断を発表し、労組との対決も辞さない覚悟でいる。

 ◇高い賃金に低い生産性

 現代自労組のこのような行動に、いら立ちを隠さないのは経営者だけではない。一般国民も冷たい目で見ている。

 現代自の工場労働者は、韓国内でも高賃金であることが有名で、現代自労組は「貴族労組」という非難を受けてきた。

 工場労働者の1人当たりの平均年俸は17年基準で9072万ウォンで、トヨタ自動車の8391万ウォン(832万円)を上回る。

 しかし、生産性は低く車両1台を生産するのにかかる時間は26.8時間で、トヨタ(24.1時間)に劣っている。

韓国最大の自動車メーカー、現代自動車グループ本社(ソウル)【EPA時事】
韓国最大の自動車メーカー、現代自動車グループ本社(ソウル)【EPA時事】

 現代自の米国、中国の工場と比較しても、韓国の現代自は「特別扱い」だ。

 海外の現代自工場では、Wi-Fiはもちろん、作業中のスマホの使用も当然、禁止されている。

 それに、韓国の現代自労働者は、海外の現代自労働者に比べ、給与は高いが、労働生産性は韓国の工場が米国、中国の工場を下回る。現代自の経営者の立場からすれば、本当に頭の痛い問題だ。

 ◇経営判断にも干渉

 作業中のスマホ使用が良い結果をもたらすはずがない。韓国の現代自オーナーたちのネットコミュニティーには「欠陥車」に対する怒りの声が幾つも報告されている。

 車体と色違いのサイドミラーが付いている車、左右が異なるテールランプ、左右の色が異なるインテリアなど、どう見ても「作業ミス」にしか見えない事例が写真付きで投稿されているのだ。

 車を買った人からすれば、現代自の勤務態度に怒りを覚えると同時に、それを統制できない情けない経営陣にも失望するしかない。

 海外で生産した方が収益が良いため、経営者なら生産拠点を海外へ移したくなるはずだ。しかし、それも簡単ではない。自分たちの仕事を海外工場に奪われたくない労組が経営陣の判断にまで干渉し、生産台数の割り当てにまで口を出すからだ。

 実際、現代自は海外に工場を建設する際に、労組との合意が必要だ。

 ◇生き残れるのか

 これまで韓国では、労組と会社が衝突した際、一般的な世論は労組に味方するのが普通だった。労組は「弱者」であり、経営陣は「強者」というイメージがいまだに強いからだ。

 しかし、現代自労組は違う。労組のわがままと利己主義に、国民世論は完全に背を向けているのだ。

 昨年、中国の自動車市場で現代自(北京現代)は、中国勢の躍進と日本勢の好調で板挟みとなり、10月の販売台数が前年に比べて16%減を記録した。

 恐ろしい勢いで成長する中国勢と、業界を先導する日本勢の間で、ユーチューブを見ながら組み立てる現代自は、果たして生き残ることができるだろうか。

 (時事通信社「金融財政ビジネス」より)

 【筆者紹介】

 崔 碩栄(チェ・ソギョン) 1972年生まれ、韓国ソウル出身。高校時代から日本語を勉強し、大学で日本学を専攻。1999年来日し、国立大学の大学院で教育学修士号を取得。大学院修了後は劇団四季、ガンホー・オンライン・エンターテイメントなど日本の企業に勤務。その後、フリーライターとして執筆活動を続ける。著書に「韓国人が書いた 韓国が『反日国家』である本当の理由」「韓国人が書いた 韓国で行われている『反日教育』の実態」(ともに彩図社)、「『反日モンスター』はこうして作られた」(講談社+α新書)、「韓国『反日フェイク』の病理学」(小学館新書)など。