マイケル・ハーシュ

長年ぶれることなく社会主義的な政策を掲げた老政治家は若者に圧倒的に支持されたが LUCUS JACKSON-REUTERS

<コロナ禍で弱者救済の声が高まる今、皮肉にも民主党予備選から脱落したサンダース。だが78歳の反乱分子が掲げた「社会主義的政策」はアメリカの目指す目的地になった>

ユダヤの民を約束の地に導きながら、自分はその地に入れなかったモーゼ。4月8日、米大統領選の民主党予備選からの撤退を表明したバーニー・サンダース上院議員はその社会主義者版だ。

新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、民主党ばかりか共和党とトランプ政権も、いや世界中の多くの国々がサンダースの目指した約束の地を目指そうとしている。

非妥協的で自分の正しさを疑わず、対立候補にけんか腰で口論を吹っかけていたサンダースは、皮肉なことにそうした情勢下で白旗を揚げた。

だがこの異端児は、社会主義的な政策という遺産を残した。78歳のサンダースがアメリカ史上初のユダヤ系大統領になる可能性は、ほぼなくなった。だが彼がアメリカ政治にもたらした変化はすぐにはなくならないと、政敵でさえ認めている。

変化の波が及ぶのは民主党内だけではない。共和党と共和党の大統領が2兆ドル規模の救済策という史上最大の社会主義的な政策を進んで受け入れた。しかも今や民主党ばかりか共和党まで、国民皆保険について真剣に議論し始めている。これはサンダースの公約の目玉だ。

感染拡大が収束しても、この状況は続くだろう。その証拠にドナルド・トランプ米大統領は、かねてから検討してきた大型のインフラ投資計画をコロナ危機への経済対策の一環として推進しようとしている。

サンダースが掲げていたたいまつを受け継ぐのは、民主党の指名候補となることがほぼ確実となったジョー・バイデン前副大統領だ。バイデンは声明でこう述べた。

「サンダースと彼の支持者たちはアメリカの政治的な議論を変えた。これまでほとんど顧みられず、法案の成立などとうてい望めなかった政策課題が今や中心的なテーマになっている。所得格差、国民皆保険、気候変動問題、大学の授業料無償化、学生ローンの免除。これらはバーニーと彼の支持者たちが息吹を与えた課題の、ごく一部だ」

最大の強みが裏目に

サンダース自身も支持者に向けた撤退表明の演説で同じ趣旨のことを述べた。「過去5年間の私たちの運動がイデオロギー闘争に勝ったことは誰しも認める。つい最近まで(私たちの主張は)過激で二次的なものと見なされていたが、今では主流の考えとなり、全米の多くの都市や州で実施されている。それが、私たちみんなで勝ち取った成果だ」

最近の世論調査を見ると、感染拡大が収束した後にはサンダース陣営の公約、特に国民皆保険への支持が高まることが予想される。サンダースは2016年の大統領選予備選後にはヒラリー・クリントンの支援に回らなかったとみられているが、今回はバイデンのために一肌脱いでくれるだろうと、民主党の活動家は期待している。

熱量が高いサンダースの支持層は、トランプとの一騎打ちでバイデン陣営の大きな力になる。かつてはサンダースの支持者たちの言動に眉をひそめていた民主党の有力者も、今では彼らのご機嫌取りに忙しい。

この時点でのサンダースの撤退は予想外だった。バイデンに大きく水をあけられたことはサンダース陣営も認めていたが、巻き返しのチャンスはまだあった。

コロナ危機も撤退の決意を促したのだろう。感染が拡大し、死者が増え続ける状況で「勝ち目のない選挙戦を続け、この困難な時期に私たち全員に求められる重要な仕事を妨げることは道義的に許されない」と、サンダースは無念さをにじませた。

アイオワ、ニューハンプシャー、ネバダ州でバイデンに大きく差をつけた序盤の勢いからすれば、このところのふがいない戦いぶりは目を覆うばかりだった。だが選挙アナリストに言わせると、劣勢に追い込まれたのには訳がある。サンダースの最大の強みが裏目に出た、というのだ。の強みとは、「億万長者」と対決し、富を配分するアメリカ社会の「革命」をぶれることなく掲げ続けたことだ

民主党の主流派はサンダースが予備選に勝った場合、過激なイメージを薄めないと本戦で不利になると案じていた。だがサンダースは社会主義者のレッテルを剝がそうともせず、民間の医療保険に代わる国民皆保険という過激な主張を曲げようとしなかった。

4年前の失敗を教訓に

民主党の「反乱分子」が大統領の座を目指した2度目の戦いは終わった。下院議員を16年務めた後、2006年に上院議員に選出されたサンダースは長年、極端な左派とみられ、おおむね無視されてきた。そんな彼が若年層を中心に熱狂的な支持をつかんだのは、2008年の金融危機後だ。

所得格差が広がるにつれ、民主党の支持基盤はサンダースの主張に共感し始めた。彼らの目には、民主党指導部はあまりにもウォール街寄り、大企業寄りに見えた。伝統的に民主党支持だった中間層は、自分たちが大打撃を受けているのに、経済のグローバル化を手放しで礼賛する民主党の有力政治家に不満を募らせた。

一部の民主党の主流派に比べると進歩的なバイデンは、クリントンの過ちを繰り返さないだろう。クリントンは予備選でサンダースを僅差で下した後、彼のアイデアの大半を無視し、冷戦後に民主党が取った中道路線に回帰した。民主党がかつての牙城であるミシガン、ウィスコンシン、ペンシルベニア州など工業中心の州を落とし、トランプに敗れたのはそのためだ。

いまバイデンの目には、クリントンという反面教師とサンダースというモーゼの2人が映っているに違いない。

From Foreign Policy Magazine

<2020年4月21日号掲載>