岡田充

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米政府は9月15日、アメリカ・イギリス・オーストラリアによる新たな安全保障協力の枠組み「AUKUS(オーカス)」創設を発表。同時にオーストラリアに原子力潜水艦の建造技術を供与することを明らかにした。

オーストラリアはフランスと締結したディーゼル潜水艦開発契約の破棄を通告。対するフランス政府は、駐米・駐豪大使を召還する強い報復に出た。

バイデン米大統領が同盟国であるフランスを犠牲にしてまで、この決定に踏み切った理由は何か。対中包囲網の質と量の強化に加え、小型原子炉の輸出という、「一石二鳥」の狙いが透けて見える。

フランスを除外して「秘密交渉」

メディア各社の報道によると、オーカス創設計画の検討が始まったのは2021年3月。原潜保有を希望するオーストラリア海軍が、建造技術の供与についてイギリス海軍トップに打診した。

ジョンソン英首相は6月、主要7カ国(G7)首脳会議にオーストラリアのモリソン首相を招待し、バイデン大統領をまじえた米英豪3カ国による秘密首脳会談で計画の詳細を詰めたという。

3カ国はフランスを通じて情報が漏れるのを警戒し、マクロン仏大統領を除外した。

オーストラリアが2016年にフランス政府系造船会社ナバル・グループと結んだディーゼル潜水艦12隻の開発契約(650億ドル=約7兆1500億円)破棄をフランスに通告したのは、オーカス創設発表のわずかに数時間前だった。

フランスのルドリアン外相は「同盟国間であってはならないこと」と非難し、「乱暴で予測もつかない決定はトランプ(前米大統領)と同じ」とバイデン大統領を批判。駐米・駐豪大使の召還を発表した。

バイデン大統領が約7.2兆円ものフランス国益を犠牲にして、米英豪3カ国の安全保障協力を優先した狙いは何だろう。

バイデン大統領はその目的について「21世紀の脅威に対処する能力を最新に向上させる」と、まず中国に対抗する姿勢を鮮明にし、続いて「アメリカの欧州における同盟国をインド・太平洋での協力に転換する第一歩」とも述べ、イギリスと協力する意義をつけ加えた。

具体的な協力内容としては、原子力潜水艦の建造技術をオーストラリアに提供して原潜8隻を建造するとともに、長距離巡航ミサイル「トマホーク」を供与するとしている。

オーカス創設発表翌日の9月16日には、首都ワシントンで米豪外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)を開き、オーストラリアに駐留する米空軍の兵力規模を拡張することで合意。中国をにらんだ米豪協力を強化していくスタンスを明らかにした。

イギリスを戦列に加え、さらにオーストラリアが西太平洋と南シナ海を舞台に原潜と軍用機で中国ににらみを利かせる「新たなステージ」ができ上がることになる。

オーストラリア原潜「参戦」の意味合い

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米国防総省の報告書などによると、中国が保有する潜水艦は原潜10隻を含め計56隻。2020年代末には65~70隻に増える。

一方、米海軍の就役中の潜水艦はすべて原潜で計68隻。このうち太平洋に展開している原潜は計10隻と、数では中国と互角。今後、協力枠組みに従ってオーストラリアが原潜を8隻保有すれば、数字上では米豪の兵力が勝る計算になる。

ただし、原潜の「就役時期」という問題が残る。

アメリカとイギリスは今後1年半でオーストラリアへの原潜導入計画を立案し、その間にアメリカのバージニア級攻撃原潜あるいはイギリスのアスチュート級原潜のどちらかを導入するかを決定する。

しかし、それだと就役は早くても2035年以降になる。中国もその間に原潜建造を加速するので、隻数で勝る展開は望めない。

ダットン豪国防相はその点について、米英両国からの「リースや購入も検討している」と述べ、建造以外の方法で原潜就役を前倒しする可能性にも言及している。

一方、中国側の視点に立つと、オーストラリア原潜が「参戦」する意味はもっと鮮明で、以下の3点にまとめられる。

  1. 原潜は核攻撃のツールであり、オーストラリアへの核拡散につながるおそれがある
  2. 中国海軍は、米海軍と日本の海上自衛隊への対応に加え、オーストラリア原潜に対応する必要が生まれ、兵力の分散を強いられる
  3. 日米豪印4カ国首脳会合(Quad、クアッド)と併せて、アメリカが対中「統一戦線」を強化することになる

※オーストラリアへの核拡散……現在原潜を保有するのは米英仏中ロにインドを加えた計6カ国。すべて核保有国で、原潜には核弾頭付き潜水艦発射弾頭ミサイル(SLBM)を搭載する。モリソン豪首相は核武装を否定しているが、中国側は疑念を捨てていない。

アメリカはアフガニスタン撤退後、「対中競争に傾注する」と強調してきたが、その実行のためにバイデン大統領が切ったカードの中身こそが、今回のオーカス創設だった。

「台湾有事」に絡めて日本政府がより主体的な台湾関与政策を強化していることに、中国は神経を尖らせている。

今回の原潜技術供与についても、台湾や南シナ海など地域安全保障問題でアメリカが自ら前面に出るやり方を変え、日本やオーストラリアなど同盟国に委ねる方針に転じるのではとの見方が、中国側では出ている。

自衛隊の南西諸島シフトに加え、オーストラリア原潜がアメリカの原潜に代わって南シナ海を潜航する可能性もあるとみる。

原潜向け「小型原子炉」輸出こそアメリカの国益

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バイデン大統領による今回の「荒療治」は、対米自立志向の強いフランスを軽視する一方で、アメリカ・イギリス・オーストラリア・カナダ・ニュージーランドというアングロサクソン系5カ国による機密情報共有枠組み「ファイブアイズ」を重視する、同盟関係の「組み換え」とみる分析もある。

しかし、この問題については「米仏対立」ばかりに目を奪われると本質を見失う。見落としてはならないのは「核大国」アメリカの現状だ。

アメリカは原子力発電所の国内での新設はもちろん、輸出もできないデッドロックに直面している。

今回の技術供与により、オーストラリア原潜向けに発電所用の小型原子炉を「輸出」できる展望が開け、デッドロックから脱出する道筋が見えてきた。それは原子力関連の技術維持にも役立つ。

アメリカの国益にとって決定的なブレイクスルーであり、原子力産業と軍産複合体にとっては「光明」とも言える。

原潜向けの小型原子炉は、発電所に使われる「加圧水型原子炉(PWR)」とほぼ同じもので技術的な差はない。アメリカは部品を現地に運んで組み立てる「小型モジュール炉(SMR)」を開発中で、オーストラリア南部アデレードで組み立てるとみられる。

ルドリアン仏外相が「予測もつかない決定はトランプと同じ」と非難したように、トランプ前大統領の同盟軽視路線を批判し、再構築を進める方針を強調してきたバイデン大統領も、結局は国益優先の内向き外交から脱していないということになる。

「クアッド」と「オーカス」の関係性

最後に、バイデン大統領が今回切った新たなカードを大歓迎する台湾の視点を紹介しておきたい。

李喜明・元台湾軍参謀総長は英紙フィナンシャル・タイムズ(9月16日付)に、「原子力潜水艦によってオーストラリアは初めて戦略的な抑止力と攻撃能力を持つ」と述べ、潜水艦の展開先として「台湾に近い西太平洋の深海」をあげつつ、「トマホークミサイルが加わると、オーストラリアのこぶしは中国本土まで届く」と指摘している。

中国にとってはまさに「脅威」だ。

中国共産党は抗日戦争の際など大局のために敵と手を結ぶ「統一戦線」に長けているが、今度はバイデン大統領が中国の株を奪い、反中「統一戦線」を重層的に築こうとしているわけだ。

その文脈で言えば、インド太平洋戦略の核となる枠組みである前出のクアッドは、アメリカにとって引き続き重要な意味を持つ。9月24日には首都ワシントンで初の対面首脳会議も開かれる。

ただし、友好国インドは伝統的に非同盟政策をとっており、経済安全保障や新型コロナ対策では協力できても、反中色の強い軍事的協力を進めるのはきわめて難しい。

だからこそ、軍事協力が可能な安全保障枠組みとして、オーカスの創設が大きな意味を持ってくる。

(文・岡田充

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岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。