[キーウ 15日 ロイター] – その頑張りはいつまで続くのか。ウクライナのボロディミル・ゼレンスキー大統領は毎晩、戦意高揚に向けたビデオ演説を配信している。侵略者ロシアとの戦いの渦中にある将兵らを鼓舞し、世界の関心を自国の苦境に繋ぎ止めようと努めている。2月15日、その頑張りはいつまで続くのか。ウクライナのボロディミル・ゼレンスキー大統領(写真)は毎晩、戦意高揚に向けたビデオ演説を配信している。ヘルソンで2022年11月撮影。ウクライナ大統領府提供(2023年 ロイター)

ゼレンスキー氏はこれまで、西側諸国から様々な武器供与を勝ち取ってきた。当初西側は、殺傷能力のある兵器は何であれ供給しない構えだったのが、最近ではウクライナによる反撃を後押しし得る主力戦車の提供を決断。タブーは次々に打破されてきた。

2019年に就任した現在45歳のゼレンスキー氏に、諦める気配はまったくない。

だが、それは相手も同じだ。2022年2月24日にウクライナに対する「特別軍事作戦」を開始したロシアのプーチン大統領は、長期戦に備えているように見える。

ロシア軍部隊が国境を越えてなだれ込んで来たとき、ゼレンスキー大統領の「大化け」を予想した人はほとんどいなかった。テレビで活躍するコメディー俳優出身のゼレンスキー氏だが、当時は政治腐敗のまん延と経済の不振、ガバナンスの欠如に対する国民の怒りが高まり、支持率は低下していた。

侵攻前、ロシアがウクライナとの国境に部隊を集結さると、ウクライナから退去しようとする諸外国の大使館や企業が相次いだ。ゼレンスキー大統領はウクライナ経済に打撃を与えているとしてこうした動きを批判しており、少なくとも表向きは本格的な侵攻の可能性は低いと考えているように見えた。

「ゼレンスキー」はいまや世界中で誰もが知る名前となり、ウクライナの抵抗の象徴となっている。国内では支持率が約3倍に上昇し、異例の安定を見せている。

厳重に警備された大統領府で初対面の来客を迎えるときの気さくで温和な人柄に加え、王族に接するときも前線の兵士を視察するときも同じカーキ色の軍用Tシャツ姿で通すゼレンスキー氏の姿は、安定感と不動の意思の強さを印象付けている。

とはいえ、課題はまだ山積している。ロシア軍を押し戻すためには西側の新鋭戦闘機が必要だと主張しているが、まだ確保できていない。欧州連合(EU)早期加盟という公約も実現していない。軍事同盟である北大西洋条約機構(NATO)への加盟も、実現の可能性は見えていない。

ときおり目の下に隈を作り、疲れた表情を見せるとはいえ、ゼレンスキー氏に気力が衰えはみられない。1月には、政治腐敗スキャンダルに対する市民の怒りを鎮めるべく、内閣改造に踏み切った。

キーウの政治アナリスト、ボロディミル・フェセンコ氏は、「ゼレンスキー氏は多くの人々を驚かせた。彼のリーダーシップを過小評価していた」と述べ、プーチン氏も相手を見誤ったと語る。

「プーチン氏は本格的な戦争ではなく、限定的な特別作戦のつもりで準備していた。ゼレンスキー大統領とウクライナ軍は弱体で、長期的な抵抗は無理だろうと考えていたからだ。その判断は誤りだった」

<私はここにいる>

ロシアが侵攻を開始した直後、ウクライナの命運が風前の灯火となる中で、ゼレンスキー大統領はスマートフォンによる自撮り映像で、自分もウクライナも戦いを止めないと宣言した。

「ヤ・トゥート」と、ゼレンスキー氏は言った。「私はここにいる」という意味だ。

ゼレンスキー氏が開戦以来続けているソーシャルメディア上の「攻勢」はここから始まった。以来、「私たちは勝つ」というシンプルなメッセージを発信し続けている。

ロイターの記者は、前線に近い地下壕で、ゼレンスキー氏が配信する年頭演説を見たウクライナ軍兵士が涙を流すのを目撃した。

「今年は、ウクライナが世界を変える年だ。世界はウクライナを発見したのだ。私たちは降伏しろと言われた。だが、私たちは反撃することを選んだ」と、ゼレンスキー氏は語りかけた。

対照的に、プーチン氏は不機嫌で孤立しているように見えることが多く、大統領府にこもって西側諸国やウクライナに脅しの言葉を発信し、演出されたイベントを除けば公の場に姿を見せることもめったにない。

街を見下ろす大統領府でゼレンスキー氏に会うため、キーウには他国の首脳や要人、著名人が長時間の電車移動もいとわずやってくる。他国からの支援も何十億ドルも流れ込んでいる。

側近らによると、ゼレンスキー氏が侵攻開始後にこなした他国首脳や国際機関のトップとの電話会談は377回、各国議会や他国市民の前での演説は41回、会合出席は152回に及び、それ以外にも多数の演説を行っている。

<国内政治は「休戦」>

ゼレンスキー氏は、製鉄の街クリブイリフでユダヤ人家庭に生まれた、ロシア語話者のウクライナ人だ。キャリアの出発点は俳優だった。

政治腐敗にうんざりしていたウクライナ国民の心情に沿ったテレビドラマ「国民の僕(しもべ)」シリーズの主役を演じ、知名度を上げた。

このドラマでゼレンスキー氏は誠実な学校教師を演じた。教室で政治腐敗への不満をぶちまけた様子がネットで人気を集め、大統領となって、腹黒い政治家やビジネスマンを出し抜く活躍を見せるという筋書きだ。

2019年、現実がドラマを模倣することになった。ゼレンスキー氏は、腐敗根絶を選挙公約に掲げて大統領に当選。選挙運動はソーシャルメディアへのユニークな投稿を武器にしていた。それは、戦火の下で同氏が展開する活発なオンライン活動の予兆だった。

ロシアによる侵攻開始直後に撮影された動画で、ゼレンスキー氏は、情報機関からの報告として、ロシア政府が同氏を第1の標的、妻オレナ・ゼレンスカさんと2人の子どもを第2の標的と宣言したと語った。

キーウ国際社会学研究所のアントン・フルシェツキー副所長は、ゼレンスキー氏の支持率は70─80%だと見ている。

「これほど支持率が安定するのは、ウクライナ史上、過去に例がない」と同氏は指摘する。

政界での主要なライバルは意思決定からほぼ締め出されており、他国外交官の中には、ゼレンスキー氏のチームに権力が集中していることをひそかに懸念する声もある。

国内政治が休戦状態となったことで、ゼレンスキー氏は汚職が疑われる政府関係者の一斉摘発に着手できた。対象者には、同氏自身の権力基盤に近い人物もいる。

2019年の大統領選でゼレンスキー氏に敗れたペトロ・ポロシェンコ前大統領は、戦争中に戦時指導者としてのゼレンスキー氏の手腕を評価することは適切ではない、と語る。

ポロシェンコ氏はロイターに対し、「2022年2月24日以降、私は野党の指導者ではない。ゼレンスキー氏もこの私も、2人とも兵士なのだ。すべてのウクライナ人が、特定の人物ではなく、ウクライナという国を中心に結束すべきだ」と語った。

「我が国が勝利した後で、彼や私の業績について、国民が評価を下すだろう」

今のところ、ゼレンスキー氏への国民の支持は確かなように見える。

ウクライナ東部で従軍する部隊指揮官で、「マツダ」の暗号名を持つアントン・フェドレンコ氏は、こう大統領を評価した。

「大統領は国内に留まった。パニックにも陥らず、直ちに行動を開始した。世界の関心をウクライナに集めたことも非常に重要だ。ウクライナ侵攻という問題を世界に広めた」

(Tom Balmforth記者、翻訳:エァクレーレン)