米朝の首脳会談が終了した。今朝の新聞論調を見る限り、トランプ大統領の敗北だろう。そのことはすでに昨日書いた。予想通りの展開と言っていい。功を焦るトランプ大統領相手に、“異端”ともいうべき若き独裁者が巧妙に付け込んだ。そんなイメーである。ただこの首脳会談には現実の国際政治とはまったく相容れない、異次元な世界がつきまとっているように見える。それを象徴するのが金正恩委員長の次の発言である。「世界中の多くの人々はSF映画のファンタジーだと思っているでしょう」。これは1対1の会談が終わり、拡大会議に移る合間に金正恩委員長が通訳にしゃべったものだとされる。近くにいた記者の耳にたまたま届いたもののようだ。この何気ない一言に今回の首脳会談の本質が隠されているような気がする。
会談終了後に記者会見したトランプ大統領は、非常に饒舌で多くのことを語っている。おそらくここでの発言は、トランプ氏の中に渦巻いている米国の将来展望のようなものだ。トランプ氏は政治家というよりは依然としてビジネスマンなのだ。国際政治の判断基準は得か損か、早い話カネ次第なのである。金正恩委員長に対する体制保証の約束も、朝鮮半島の非核化も在韓米軍の撤退に絡んでいる。3万人を超える駐韓米軍を撤退させることができれば、米国財政は莫大な赤字を削減できる。米国第一主義も偉大な米国の再興も全てはカネ次第である。貿易赤字を減らし、不必要な軍事費を削減して雇用を拡大し、米国経済の長期的で持続的な成長を図る。世界の警察官の役割は当初からトランプ大統領の辞書から抹消されているのである。
北朝鮮はトランプ大統領のこうした本音に巧妙に付け込んだ。北朝鮮の体制保証と朝鮮半島の非核化が実現すれば米国の覇権は消滅する。その時、世界は言うに及ばず東南アジアのパワーバランスは劇的に変化する。中国はすでにそこまで読み込んで北朝鮮の後見人になろうとしているのかもしれない。日本はこの先対米追随一辺倒でいいのか、場合によっては核武装が必要になるかもしれない。メディアが批判するように、2人の“異端”が署名した共同宣言には、具体的なものは何も書かれていない。だから逆に想像力が異様に膨らむ。軍事力を使わないで平和が達成されるならシリアもイラクもパレスチナも、血で血を洗う紛争を継続する必要などどこにもない。金正恩委員長はこれを称して「SF映画のファンタジー」といった。あくまでファンタジーなのだ。これが実現すればトランプ大統領は米国の産軍複合体によって暗殺されるかもしれない。国際政治に前例のない異例な米朝首脳会談。共同声明に何も書かなかったことによって、国際政治の近未来に関する想像力が果てしなく広がった。