[東京 15日 ロイター] – 日銀は15日、物価の現状判断を引き下げ、景気拡大の下での「鈍い物価上昇率」という「なぞ」の存在を正式に提起したかたちだ。黒田東彦総裁は同日の会見で、7月末に公表する新たな「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」に向け、議論を深めていくと明言した。物価を巡る構造にメスが入れば、いつごろから物価上昇テンポが加速していくかという点にも、多くの材料を提供する可能性がある。

これまで日銀は、需給ギャップが改善していくにつれ、経済の「体温」が上昇し、好循環が生み出されつつ、物価も上がっていくとのシナリオを描いてきた。

しかし、需給ギャップがプラスに転換し、さらにその幅を拡大させつつある中でも、消費者物価指数(除く生鮮食品、コアCPI)は、3、4月と2カ月連続で上昇幅が鈍化した。

この日の会見で、黒田総裁は「春先までの円高が、耐久消費財価格を下押ししたことなどが影響している」と一時的な要因を指摘しつつ、欧米と比べた日本に顕著な要因として、デフレマインドの根強さ企業の生産性向上に向けた取り組みを挙げた。

特に後者に関しては、欧米に比べて非製造業を中心に労働生産性が低い中で、人手不足などを背景に「省力化投資やIT投資が進んで生産性が急速に上がってきており、賃金が上昇しても物価上昇につながらない。短期的には物価が上がらない1つの要素になっている」との見解を示した。

生産性上昇と物価の関係については、昨年7月の展望リポートで「労働コストを吸収し、短期的に物価上昇を抑制する要因になっている」と指摘したが、黒田総裁の今回の説明では、さらに一歩踏み込み、短期的には物価抑制要因になるが、長期的には生産性向上が成長力を高め、最終的には物価押し上げ要因となるとの「論理」を示した。

ただ、黒田総裁は「いずれ(上昇)余地は縮み、賃金の上昇が物価の上昇に素直に反映されていくと思う」と述べつつ、そのタイミングについては「何年とか何カ月とか具体的には申し上げられない」と明言を避けた。

一方、企業の価格設定に対する対応では、日銀が期待インフレ率と呼ぶものの中に、少子高齢化に伴う国内市場の縮小予想が根強くあることも含まれているとの声が、企業関係者から多く出ている。

黒田総裁はまた、インターネットを介した国際的な財やサービスの取引の拡大など流通形態の変化によって「モノやサービスの価格が上がりにくくなっているのではないか、という議論も最近、非常によく言われている」ことにも言及した。

実際、流通業界では、実物店舗を構えている際に支払う固定費の負担がないネット販売は、コスト面でもかなりの優位性を持っているとの見方が広がっている。

日銀は7月の展望リポートに向けて分析を急ぐが、こうした構造要因の影響が大きいと判断されれば、物価2%目標の実現が一段と遠のく可能性が大きい。

その意味で7月展望リポートでは、18年度だけでなく、その先の物価見通しが焦点になるとみられている。

ただ、生産性上昇の物価下押し効果が、当面、大きいという結論が出た場合、中長期的な物価上昇のタイミングについても、何らかの推論結果が出てくる可能性がある。

たとえば、数年後に物価上昇の可能性が高まるとの推定が示されれば、その時期に日銀が出口政策の検討を始めている可能性もある。

7月に検討を進める物価の構造的な問題の行方は、日銀の金融政策の動向を予測するうえで、かなり重要な位置を占めることになりそうだ。

伊藤純夫 編集:田巻一彦