自前の通貨を持つ国がいくら自国通貨建てで国債を発行しても債務不履行(デフォルト)には陥らないとする「現代貨幣理論(MMT=モダン・マネタリー・セオリー)」が米国で注目を集めている。財政赤字の無制限な拡大を事実上、容認しており、論者の中には、国の借金が膨張しているのに財政破綻しない日本がMMTの正しさを示す見本だとの主張もある。だが、主流派の学者らの大半は“異端視”しており、日本政府や日本銀行も否定的だ。
MMTによると、ある国が自国通貨建ての国債を発行し、いくら借金しようと、いざとなればみずから新たにお金を発行して返せるので、返済不能にはなり得ず、財政破綻することもない。
提唱者の一人は、2020年の米大統領選に出馬表明しているバーニー・サンダース上院議員(民主党)の顧問を務める経済学者。昨年11月に29歳で初当選し、女性として史上最年少の下院議員となったアレクサンドリア・オカシオコルテス氏(民主党)がMMTを支持したことから若者らの関心が急速に高まった。
米民主党の急進派らは、環境政策や国民皆保険制度の財源を確保するための理論としてMMTに期待。今年3月に米連邦政府が発行できる国債の総額を法律で定めた「債務上限」が復活して22兆ドル(約2400兆円)となり、国債を自由に発行できなくなったこともMMTが支持を集める背景にある。
提唱者からは、日本が事実上、すでにMMTを裏付けているとの声も出ている。社会保障費の急増などで、国の令和元年度末の国債残高が897兆円に膨らむ見通しであるなど財政悪化が進んでいるにもかかわらず、長期金利は低いままで、国債も安定して買われ続けているからだ。
日本では4月4日の参院決算委員会で質問に立った自民党の西田昌司参院議員が「日本はこの20年(国の債務は増えたが)金利も物価も上がっていない。日本はいつの間にかMMTをやっているのが現実だ」と指摘。安倍晋三首相が、財政健全化に向け、政府は債務残高の対GDP比に目標を設けていることなどを挙げ、「MMTを実行しているわけでない」と否定する一幕もあった。
MMTにはノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン米ニューヨーク市立大教授やケネス・ロゴフ米ハーバード大教授など、海外の有力な学者らの大半が反対している。
おおむね「金利が上昇しすぎると利払い費が膨らみ、政府の債務が加速度的に増える」ことや「急激なインフレを引き起こしうる」ことを懸念。こうした事態が起きた場合、政府は財政や物価の状況の正常化に向け、急激な増税や金融政策の引き締めなどに走らざるをえず、企業や個人が一気に苦境に立たされることが想定される。
4月4日の西田氏の質問では安倍首相に加え、麻生太郎財務相も「MMTは財政規律を緩めることになり極めて危険。日本を実験場にすることはない」と答弁。日銀の黒田東彦総裁も「極端な主張」と退けた。同17日には財務省が財政制度等審議会(財務相の諮問機関)に、クルーグマン氏ら有識者17人の批判コメントを列記した異例の“反論”資料を提示している。
現時点で主要国がすぐにMMTを採用する可能性は低そうだ。だが、世界経済全体の成長が停滞し閉塞(へいそく)感が一層強まると、分かりやすい“極論”はポピュリズム(大衆迎合主義)と結びつきやすくなる。米国では来年に大統領選を控え、日本も米中貿易摩擦の影響で景気悪化の懸念が強まっている。MMTは今後も議論の“台風の目”となる可能性がありそうだ。(山口暢彦)