【ソウル=桜井紀雄】北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)体制打倒を掲げ、海外の脱北者らが3月に「臨時政府」として「自由朝鮮」の結成を宣言したことに対し、韓国の脱北者らの間でも支持する声が広がっている。亡命政府の立ち上げには、分断国家特有の“壁”が存在したが、文在寅(ムン・ジェイン)政権の親北政策と反北体制派への押さえ込みが亡命政府への期待を高める皮肉な現象を生んでいる。
韓国の脱北者団体によると、「自由朝鮮」結成を支持する意見に加え、在スペイン北朝鮮大使館襲撃という違法行為に対しても「よくやった」と英雄視する声が少なくないという。
北朝鮮からの脱北者は3万人を超え、脱北者団体ごとに祖国の民主化に向けて対北ラジオ放送や風船でのビラ散布など、反体制運動を進めてきたが、ここまで鮮烈に「金体制打倒」を行動で示したケースがなかったからだ。
背景には「韓国」という存在がある。北朝鮮から韓国に亡命した黄長●(=火へんに華)(ファン・ジャンヨプ)元朝鮮労働党書記が「自由朝鮮」の中心人物、アドリアン・ホン・チャン容疑者からかつて臨時政府の主席を要請された際に示した激怒が、事情を如実に表している。
黄氏は、韓国憲法を挙げて「韓国だけが朝鮮半島の合法政権だ」と語気を強めたという。同席した脱北者団体代表の朴相学(パク・サンハク)氏も黄氏に「同感だった」と振り返る。韓国の脱北者にとっては「韓国の自由民主主義を軍事境界線の北側の社会に広げていく」ことが一義的な目標とみなされてきた。
金正恩朝鮮労働党委員長の異母兄、金正男(キム・ジョンナム)氏が2017年に殺害される前、ホン・チャン容疑者以外にも英国の脱北者団体幹部が亡命政府の首班に就くよう要請し、拒まれたことが判明している。当時、欧米の脱北者の間で、正恩氏の叔父の金平一(キム・ピョンイル)駐チェコ大使を首班に担ごうという声も上がっていた。
一方で、金体制打倒を叫びながら、金日成(キム・イルソン)主席の直系血族を脱北者結集のシンボルにしようという計画に反感を持つ脱北者もいる。
韓国の李明博(イ・ミョンバク)、朴槿恵(パク・クネ)両旧保守政権は、北朝鮮体制の打倒や民主化を目指す脱北者らの活動に理解を示し、陰に陽に支援してきた。だが、対北融和を最優先する文政権に入って北朝鮮体制に反対する団体への支援は目に見えて削減され、対北ビラ散布などをやめさせるために警察が動員されるのが現実だ。
正男氏ら北朝鮮の最高指導者の血族を担ぎ上げようとするホン・チャン容疑者の考えに批判的だった朴相学氏は、文政権が「核をなくすという嘘で(金体制という)悪魔と手を握ろうとしている」と指摘し、「自由朝鮮」のような存在は「今は必要だと考えるようになった」と語った。