韓国サムスン電子がソウル近郊で建設を進めているシステム半導体の工場=同社提供
韓国人元徴用工問題への事実上の対抗措置として、日本政府が半導体などの製造に必要な材料の韓国向け輸出規制を強化したことは、韓国国内の激しい反発を招いています。「産業のコメ」と言われる半導体は、韓国の輸出総額の2割を占める主力産業で、経済への深刻なダメージが懸念されるためです。でも、韓国の半導体がなぜ、世界で高いシェアを占め、また、その材料を日本企業に依存しているのでしょうか。日本総研上席主任研究員の向山英彦さんに聞きました。
――韓国で生産される半導体の輸出額は1267億ドルで、輸出総額の21%を占めています(2018年、韓国貿易協会調べ)。なかでもサムスン電子の半導体の世界シェアは15・5%の1位(同年、調査会社ガートナー調べ)で、韓国経済をリードする存在です。なぜこれほどまでに成長したのでしょうか。
韓国政府は1970年代、将来の経済成長に大きく期待できる産業分野として、家電やコンピューターの製造に必要な半導体に着目しました。国策として資金や人材育成、技術導入などを通じて、国産化を進めましたが、成長したのはサムスングループが参入したことが大きいといえます。
当時、家電分野ではLG電子に後れを取っていたサムスングループが、将来的に半導体の世界需要は大きく伸びるとの展望に基づき、企業を買収しました。その後、積極的に技術導入を図りながら、(半導体の)DRAMの開発を進めて、世界との差を縮めていきました。
――半導体は80年代まで、日本勢が世界シェアの半分を占めていました。なぜ韓国の企業が追い抜いていったのでしょうか。
80年代の日米貿易摩擦で、日本の半導体が米国からやり玉に挙げられ、米国製品の輸入を増やせとの圧力もあり、日本の競争力が弱まったことは否定できません。ただ、一番の要因は、サムスンなど韓国企業の積極的な投資です。
半導体の需要が高まるなかで、企業は生産能力を上げるために製造ラインの増強が必要になりました。日本企業が設備投資の負担に次第に耐えられなくなる一方、サムスンなど韓国企業は果敢に設備投資を行いました。これにより、半導体のコストダウンが実現し、日本勢からシェアを奪っていったわけです。
サムスンは企業戦略として、半導体をグループの成長の牽引(けんいん)役に位置づけました。その後、半導体の売り上げによる利益を、スマートフォンや液晶テレビ・同パネルなどの生産に振り向けました。スマートフォンやテレビの生産拡大は半導体の需要創出にもつながります。こうした相乗効果、好循環を作っていきました。
――なぜ、半導体の製造に欠かせない材料を、日本企業に依存しているのでしょうか。
これまで韓国の製造業は、汎用(はんよう)製品に特化してきました。日本などで開発された技術を導入し、コストダウンした製品を量産化し、海外に輸出することで成長してきました。
韓国の研究開発は、基礎的な研究分野ではなく、製品化に必要な応用分野の研究開発が中心です。半導体も同様で、韓国企業は、製造に必要な材料や製造装置は日本から供給を受けたほうが、グループ企業など韓国国内で製造するよりも、高品質な製品を安く調達できるメリットがあったと思います。
ただ、今回の事態を契機に、材料の調達を外資系企業の誘致を含めて、国産化していくための開発に力を入れていくでしょう。
――日本の規制強化は韓国経済に大きな影響を与えるのでしょうか。
規制された材料は、半導体やテレビ用の有機ELパネルの生産に使われます。半導体や有機ELパネルは、スマートフォンやテレビ、パソコンなどの最終製品の中に組み込まれます。そこまで含めると、韓国の輸出総額の4割近くに影響が及ぶ可能性があります。
――サムスン電子の実質トップ、李在鎔(イジェヨン)副会長が7日夜、急きょ来日しました。
それだけ危機感が強いということでしょう。日本国内の取引先を回り、(規制された材料を日本国内以外の)海外拠点から代替的に調達することができないかなど、対策を検討しているのではないでしょうか。企業としてできることはやるということでしょう。
――日本政府は今回の輸出規制を続けるのでしょうか。
サムスンなどは(半導体製造に必要な材料の)在庫を抱えています。ただ、在庫がなくなり、今回の運用の見直しで、日本からの供給が途絶えてしまえば、相当な影響が出てきます。半導体ユーザー企業は世界にあり、もしそこへの影響が出てくれば、日本政府に批判が向かうことになると思います。日本政府も今後の影響を注視していくと思います。
――韓国側の対抗措置は。
WTO(世界貿易機関)の提訴はすると思いますが、結論までに2年もしくはそれ以上かかると予想されます。一方、貿易に関する直接的な対抗措置は取らないのではないでしょうか。韓国経済は現在、米中貿易戦争の影響を強く受けており、さらに経済にマイナスとなる事態を避けると思います。
――韓国では、半導体など一部産業に依存する経済構造からの脱却は考えられていないのでしょうか。
半導体のDRAMなどについて、中国がこれから量産化を図ろうとしています。まだ時間がかかると言われていますが、量産化が可能になれば、脅威になります。韓国企業もかつて日本企業が直面したように、新たな分野で技術開発の必要に迫られています。
例えば、サムスングループは次世代半導体開発を進める一方、半導体に過度に依存する収益構造からの転換を目指しています。米国の自動車部品メーカーを買収するなど、電装分野をはじめとして、バイオ、ヘルスケアなどの事業に力を入れています。ただ、まだ収益の柱には育っていません。半導体に代わるものは容易に見つからないのが現状です。(鈴木拓也)