徐台教  | ソウル在住ジャーナリスト。「コリアン・ポリティクス」編集長

8月15日、光復節記念式典で演説する文在寅大統領。写真は政策広報TVキャプチャ。

韓国の文在寅大統領は、日本の敗戦により植民地支配から解放された8月15日「光復節」を迎えた演説の中で、朝鮮半島や日本を含む東アジアの未来を肯定的に描いた。演説全文と共にそのエッセンスをまとめた。

●「誰も揺さぶることのできない国」へ

この日の記念式典(慶祝式)は忠清南道の天安(チョナン)市にある独立記念館で行われた。一昨年、昨年ともにソウル市内で行われており、独立記念館で行われるのは15年ぶりだ。1919年の「3.1独立運動」から100周年を迎えた点などが考慮されたものと思われる。

文大統領の演説は、肯定的な未来のビジョンを韓国の市民に、そして日本をはじめ周辺国へと語りかけるものだった。

「誰も揺さぶることのできない国」という言葉で表現された朝鮮半島の新しい未来像の中身について、文大統領は▲「責任ある経済強国」、▲「大陸と海洋を共にする平和と繁栄を先導する橋梁国家」、▲「統一にむけた平和経済」の三つの視点から整理した。

一つ目の「責任ある経済強国」については、先進国を追いかけてきた経済を技術・競争力を高め「先導する経済」に生まれ変わらせると語った。

二つ目の「大陸と海洋を共にする平和と繁栄を先導する橋梁国家」については、日中米露の4強国に囲まれた地政学的な環境を乗り越え、北方と南方に向けて進み、「朝鮮半島はユーラシアと太平洋、アセアン、インド洋をつなぐ繁栄の場となる」と説明した。

三つ目の「統一にむけた平和経済」は、統一、分断の克服こそ光復の完成と位置付け、南北が互いの体制の安全を保障しながら、南北が共に良い暮らしを送り「世界経済の発展に南北が共に寄与する」というものだった。「私達の力量をこれ以上、分断で消耗するわけにはいきません」という一文は印象的だった。

●日本へは「控えめ」、パートナー

昨年10月の徴用工判決や「ホワイト国」からの除外などで葛藤が深まる日韓関係については、強い論調を控える姿勢が明らかで、東アジアのパートナーという基調を崩さなかった。

「光復は私達にとってのみ嬉しい日ではなく、日清戦争と日露戦争、満州事変と日中戦争、太平洋戦争まで60余年間の長く長い戦争が終わった日であり、東アジア光復の日」とした上で、「日本の国民たちもまた、軍国主義の抑圧から逃れ侵略戦争から解放」と見なした。

その上で「日本が隣国に不幸をもたらした過去を省察するなか、東アジアの平和と繁栄を共に導いていくことを私達は望む」や「先に成長した国が後から成長する国のハシゴを外してはならない」など、日本政府についての注文も忘れなかった。

だが、「今からでも日本が対話と協力の道に出てくるのならば、私達は快く手を握る」と開かれた姿勢を示した。

「東アジアの中の日本」は何度も強調された。

昨年の平昌冬季五輪、来年の東京夏季五輪ならびに2022年の北京冬季五輪を見据え、「五輪史上はじめての東アジアのリレー五輪」とし、「東アジアが友好と協力の土台を強く押し固め共同繁栄の道に進む絶好の機会」と位置付けた。

一方で、今の韓国政府が日本をどう見ているのかを表す興味深いくだりもあった。

南北関係とからめて「分断に勝ち、平和と統一に向かう道が、責任ある経済強国に向かう近道」とした上で、「私達が日本を追い越す道で、日本を東アジア協力という秩序に導く道」とした部分だ。

日本を韓国政府の考える秩序へと動かしていくという決意を明かしたのは、異例のことと言える。

●南北関係は「2045年までにワンコリア」

最後に南北関係については、近頃の北朝鮮による相次ぐミサイル発射に言及しつつも、今が依然として対話局面であることを強調した。

さらに、まだ開催が決まらない次回の第3次米朝会談こそが「朝鮮半島の非核化と平和構築のための全体の過程においてもっとも重大な峠」と見なした。

その上で、「不満な点があるといえども対話の枠組みを壊したり、壁を築いて対話を難しくすることは決して望ましくない。不満があるならばそれすらも対話の場で問題を提起し論議するべき」と北朝鮮を念頭にしたメッセージを発した。

一方、任期中に朝鮮半島の豊かな未来を大きく引き寄せるという強い決意を示した。

「任期内に非核化と平和体制を確固たるものにすると誓う」とし、「2032年ソウル―平壌共同五輪を成功裏に開催させ、遅くとも2045年の光復100周年には平和と統一で一つになった国(One Korea)へと世界の中でそびえ立てるよう、その基盤をしっかりと整えていくことを約束する」と時間軸を示した。

これは2018年3月の「3.1独立運動記念式典」での演説にあった、「私達は今後、光復100年に向かうあいだ、朝鮮半島の平和共同体、経済共同体を完成させなければならない」という一文に符合するものといえる。

なお、予想されていたような、文大統領が今年3月1日の同様の式典の演説で明かした「新韓半島体制」について、直接の言及はなかった。

しかし「受け身でなく能動的に未来に構築」、「南方、北方への進出」、「南北の平和経済」、「東アジア多者安保」といったエッセンスは含まれており、大きな路線変更はないと見ることができるだろう。

以下は演説全文訳。

●第74周年 光復節慶祝式 慶祝辞

尊敬する国民の皆さん、独立有功者と遺家族の皆さん、海外同胞の皆さん、光復74周年記念式を特別に独立記念館で催すことができ、とても意味深く思います。

今日の大韓民国はどんな苦難の前でも折れず、諦めなかった。独立(運動の)先達の強靭な精神が作り出したものです。「三角山が起き上がり軽やかに踊りでも踊り、漢江の水がひっくり返り湧き上がるその日」を渇望しすべてを捧げた先烈たちの熱い精神はこの瞬間にも国民たちの胸に生きて脈打っています。

私は今日、独立先烈たちと有功者、遺家族に深い敬意を表し光復のその日、あふれる想いで建設しようとした国、そして今日、私達がその想いを継いで作ろうとする国を国民たちと共に描いてみようと思います。

私達が望む国は「共に良く暮らす国」、誰もが公正な機会を持って、失敗しても再び起き上がれる国です。私達が望む国は莞島(ワンド)の村の少女が蔚山(ウルサン、韓国南部の工業都市)で水素産業を学び、南浦(ナムポ、北朝鮮の港湾都市)で創業し、モンゴルとシベリアにエコカーを輸出する国です。

会寧(フェリョン、北朝鮮北部の朝中国境の都市)で育った少女が釜山(プサン、韓国南部の港湾都市)で海洋学校を卒業し、アセアンとインド洋、南米のチリまでコンテナを載せた船の航海士になる国です。農業を専攻した青年がアムール川のほとりで南と北、ロシアの農民たちと大規模な大豆農業を行い青年の弟が瑞山(ソサン、韓国中西部の工業都市)で兄の大豆で牛を育てる国です。豆満江を渡って大陸へと、太平洋を越えてアセアンとインドへ、私達の生活と想像力が広がる国です。

私達の経済活動の領域が朝鮮半島の南側を抜け出し隣国と協力し共に繁栄する国です。「溶鉱炉に火をつけろ。新しい国の心臓に鉄線を差し込み鉄筋をめぐらし鉄板を広げようセメントと鉄と希望の上に誰も揺るがすことのできない新たな国を作っていこう」

解放直後、ある詩人は光復を迎えた新たな国の夢をこう謳いました。「誰も揺さぶることのできない新たな国」外勢の侵略と支配から抜け出した新生独立国家が持つ当たり前の夢でした。

そして、74年が経った今、私達は世界6大製造業の強国、世界6大輸出強国の堂々たる経済力を持つに至りました。国民所得3万ドル時代を開き、金九先生が望んだ文化国家の夢も叶えつつあります。しかし「誰も揺さぶることのできない国」は未だ果たせていません。

今なお私達が十分に強くないためで、今なお私達が分断されているからです。私は今日どんな危機にも悠然と対処してきた国民を想い浮かべながら私達が作りたい国、「誰も揺さぶることのできない国」をふたたび誓います。

尊敬する国民の皆さん、私達は自由貿易の秩序を基盤に半導体、IT、バイオなど私達が上手にできる産業に集中することができました。国際分業体系の中でどの国も自身の長所を押し出し、成功を夢見ることができました。

近代化の過程で遅れていた東アジアは分業と協業でふたたび経済発展を成し遂げました。世界は「東アジアの奇跡」と呼びました。侵略と紛争の時間が無い訳ではありませんでしたが、東アジアではこれよりも遥かに長い交流と交易の歴史があります。

青銅器文化から現代文明に至るまで東アジアは互いに伝播し共有してきました。人類の歴史で最も長いあいだ交流と協力が行われ、共に文明の発展を成し遂げました。

光復は私達にとってのみ嬉しい日ではありませんでした。日清戦争と日露戦争、満州事変と日中戦争、太平洋戦争まで60余年間の長く長い戦争が終わった日であり、東アジア光復の日でした。

日本の国民たちもまた、軍国主義の抑圧から逃れ侵略戦争から解放されました。私達は過去にとどまらず日本と安保・経済協力を続けてきました。

日本と共に日帝強占期の被害者たちの苦痛を実質的に治癒しようとし、歴史を鑑とし固く手を結んでいく立場を堅持してきました。過去を省察することは過去にこだわるのではなく過去を踏み台にし未来へと進むことです。

日本が隣国に不幸をもたらした過去を省察するなか東アジアの平和と繁栄を共に導いていくことを私達は望みます。協力してこそ共に発展し、発展が持続可能になります。世界は高度の分業体系を通じ共同繁栄を成し遂げてきました。日本の経済も自由貿易の秩序の中で分業をしながら発展してきました。

国際分業体系の中でどの国でも自国が優位にある部門を武器にするならば平和な自由貿易秩序が壊れるほかにありません。先に成長した国が後から成長する国のハシゴを外してはいけません。今からでも日本が対話と協力の道に出てくるのならば私達は快く手を握ります。

公正に交易し協力する東アジアを共に作っていくことでしょう。昨年、平昌冬季五輪に続き来年には東京夏季五輪、2022年には北京冬季五輪が開かれます。五輪史上はじめての東アジアのリレー五輪です。

東アジアが友好と協力の土台を強く押し固め共同繁栄の道に進む絶好の機会です。世界の人々が平昌で「平和の朝鮮半島」を見たように東京五輪で友好と協力の希望を持てるよう望みます。

私達は東アジアの未来の世代が協力を通じた繁栄を経験できるよう私達に与えられた責任を果たします。

尊敬する国民の皆さん、今日の私達は過去の私達ではありません。今日の大韓民国は数多くの挑戦と試練を克服しより強くなって成熟した大韓民国です。私は今日「誰も揺さぶることのできない国」私達が作りたい「新たな朝鮮半島」のために三つの目標を提示します。

一つ、責任ある経済強国として自由貿易の秩序を守り東アジアの平等な協力を導き出そうとします。わが国民が奇跡のように成し遂げた経済発展の成果と底力は分け合うことができても、奪い取ることはできません。

経済における主権が確固としたとき私達は自身の運命の主人として、揺るぎません。統合された国民の力は危機を機会へと変え、挑戦は私達をより強く大きく作り上げました。私達は中東の熱射も、太平洋の波を恐れず経済を成長させてきました。

軽工業、重化学工業、情報通信産業を順番に育成し世界的なIT強国になりました。今や5Gなど世界の技術標準を先導する国になりました。今まで私達は先進国を追いかけてきましたが、これからは先に立って先導する経済に生まれ変わりつつあります。

日本の不当な輸出規制に立ち向かい私達は責任ある経済強国に向けた道をコツコツと歩いていきます。私達の経済構造を包容と相生の生態系に変化させます。大中小企業と労使の相生協力で素材・部品・装備産業の競争力強化に力を注ぎます。

科学者と技術者の挑戦を応援し、失敗を尊重し誰も揺さぶることのできない経済を作ります。私達に足りないものを省察しながらもみずから卑下することなく共に励ましていく時、私達は成し遂げることができると信じます。

私達は経済力に合った責任感を持ってより大きく協力しより大きく開放し隣国と共に成長していきます。二つ、大陸と海洋を共にしながら平和と繁栄を先導する橋梁国家になっていきます。

地政学的に4大強国に囲まれた国は世界で私達しかいません。私達がみじめで力が無い時には、朝鮮半島は大陸でも、海洋でも辺境であったし、時には強大国の角逐場となりました。

それが私達が経験した過去の歴史でした。しかし私達が力を持てば大陸と海洋をつなぐ国、東北アジアの平和と繁栄の秩序を先導する国になることができます。

私達は地政学的な位置を私達の長所に変えなければなりません。これ以上、他人に揺さぶられず主導していくという明確な目標を持つべきです。早くに臨時政府の趙素昴(チョ・ソアン)先生は人と人、民族と民族、国家と国家の間の均等を主張しました。

平和と繁栄に向けた私達の基本精神です。わが国民が日本の経済報復に成熟した対応を見せるのもやはり、私達の経済を守ろうとする意志を集めながらも二つの国の国民の間の友好が損なわれることを望まない水準の高い国民意識があるからです。

わが政府が推進する「人間中心、相生繁栄の平和共同体」は私達から始まり朝鮮半島全体と東アジア、ひいては世界の平和と繁栄へと拡張しようというものです。新北方政策は大陸に向かって走る私達の抱負です。

中国とロシアだけでなく中央アジアとヨーロッパに協力の基盤を広げ東北アジアの鉄道共同体として多者協力、多者安保の礎としていきます。新南方政策は海洋に向けて走る私達の抱負です。

アセアンおよびインドとの関係を周辺の主要国との水準にまで格上げし共同繁栄の協力関係として発展させていきます。今年11月には韓―アセアン特別首脳会議と韓―メコン首脳会議が釜山で開かれます。

アセアンおよびメコン国家たちと画期的な関係発展の里程標となるでしょう。南と北のあいだに途切れた鉄道と道路を結ぶことは東アジアの平和と繁栄を先導する、橋梁国家に進む第一歩です。

朝鮮半島の陸と空、海に人と物流が行き交う血脈をつなぎ南と北が大陸と海洋を自由に行き来できるならば、朝鮮半島はユーラシアと太平洋、アセアン、インド洋をつなぐ繁栄の場となるでしょう。

アジア共同体はある一つの国が主導する共同体ではなく平等な国家の多様な協力が花開く共同体となるでしょう。三つ、平和と繁栄をもたらす平和経済を構築し統一により光復を完成させていきます。

分断体制を克服し同胞のエネルギーを未来繁栄の動力に昇華しなければなりません。平和経済は朝鮮半島の完全な非核化の上に北朝鮮が核ではない経済と繁栄を選択できるよう対話と協力を続けていくことから始まります。

南と北、米国は去る1年8か月のあいだ、対話局面を続けてきました。最近、北朝鮮による数度の憂慮すべき行動にもかかわらず、対話の雰囲気が揺るがないことこそわが政府が推進してきた朝鮮半島平和プロセスの大きな成果です。

北朝鮮の一度の挑発で朝鮮半島が揺れた以前の状況と明らかに変わりました。依然として対決を煽る勢力が国内外に少なくないですが私達の国民の平和に対する切実な熱望があったからこそここまで来ることができました。

先の6月末の板門店での会合のあと第三次米朝首脳会談のための米朝間の実務協議が模索されています。おそらく朝鮮半島の非核化と平和構築のための全体の過程においてもっとも重大な峠となるでしょう。

南北米すべて米朝間の実務協議の早期開催に集中する時です。不満な点があるといえども対話の枠組みを壊したり、壁を築いて対話を難しくすることは決して望ましくありません。

不満があるならばそれすらも対話の場で問題を提起し論議するべきです。国民たちも対話の最後の峠を越すことができるよう力を合わせてください。この峠を越えるならば朝鮮半島の非核化が大きく近づいてくるでしょうし南北関係も大きく進展を見せるでしょう。

経済協力の速度がついて平和経済が始まるならばいつかは自然と統一が私達の前で現実となるでしょう。IMF(国際通貨基金)は韓国が第4次産業革命を先導し、2024年頃には一人当たり国民所得4万ドルを突破すると推定しています。

ここに南と北の力を合わせるのならば各自の体制を維持しながらも8千万人の単一市場を作っていけます。朝鮮半島が統一までするのならば世界経済6位圏になるとの展望があります。

2050年頃には国民所得7~8万ドル時代が可能になるとの国内外の研究結果も発表されています。平和と統一による経済的な利益がとても大きいということは明らかです。南と北の企業にとっても新たな市場と機会が開かれます。南北すべて莫大な国防費だけでなく「コリアディスカウント」という無形の分断費用を減らすことができます。

いま私達が経験している低成長、低出産・高齢化の答も探しだせるでしょう。それよりも、他の何よりも光復のその日のようにわが民族の心に芽吹く希望と熱情が重要です。希望と熱情よりも大きい経済成長の動力なはずです。

釜山から始まり蔚山と浦項、東海と江陵、束草、元山と羅津、先峰と続く環東海(日本海)経済は全羅南道ブルーエコノミー、セマングムの再生エネルギー新産業と開城工業団地と南浦、新義州へとつながる先端産業団地の育成として中国、アセアン、インドに向かう雄大な経済戦略を完成させるでしょう。

北朝鮮も経済建設総路線へと国家政策を転換し市場経済の導入が行われています。国際社会も北朝鮮が核を放棄するならば、経済成長を支援すると約束しています。

北朝鮮を一方的に支援しようというのではありません。互いの体制の安全を保障しながら南北相互の利益になるようにしようというもので、共にいい暮らしをしようとするものです。

世界経済の発展に南北が共に寄与しようというものです。平和経済を通じ私達の経済の新成長動力を作り出します。私達の力量をこれ以上、分断で消耗するわけにはいきません。平和経済に私達が持つすべてを注ぎ込み

「新たな朝鮮半島」の門をいっぱいに開きます。南と北が手を結び朝鮮半島の運命を主導する意志を持つならば可能です。分断を克服する時こそ、私達の光復は完成し、誰も揺さぶることのできない国となります。「北朝鮮がミサイルを撃つのに何が平和経済か」と言う人々がいます。しかし私達はより強い防衛力を保有しています。

私達は鋭意注視しながら朝鮮半島の緊張が高まらないよう管理に万全を期していますが、それもやはり究極的な目標は対決でなく対話にあります。米国が北朝鮮と動揺することなく対話を続け、日本もまた対話を推進している現実を直視するよう望みます。

理念にとらわれ一人ぼっちで取り残されないよう願います。わが国民の団結したぜひとも必要です。国民たちが心を一つにし、共にいてくれるよう願います。

尊敬する国民の皆さん、独立有功者と遺家族の皆さん、海外同胞の皆さん、私は今日、光復節を迎え任期内に非核化と平和体制を確固たるものにすると誓います。

その土台の上に平和経済を始め統一に向けていきます。北朝鮮と共に「平和の春」にまいた種が「繁栄の木」に育つよう対話と協力を発展させていきます。

2032年ソウル―平壌共同五輪を成功裏に開催させ、遅くとも2045年の光復100周年には平和と統一で一つになった国(One Korea)へと世界の中でそびえ立てるよう、その基盤をしっかりと整えていくことを約束します。

臨時政府が「大韓民国」という国号とともに「民主共和国」を宣布してから100年が経ちました。私達は100年のあいだ省察し成熟しました。今やどんな危機にも勝てるような自信を持つようになり平和と繁栄の朝鮮半島を実現するための国民的な力量が大きくなりました。

私達は「誰も揺さぶることのできない国」を作ることができます。南岡・李昇薫(イ・スンフン)先生の言葉を心に刻みましょう。「私は種が地中に入り重い土を突き破り出てくるとき自らの力で突き破るのであって、他の力で突き破るのを見たことがない」私達の力で分断に勝ち、平和と統一に向かう道が責任ある経済強国に向かう近道です。

私達が日本を追い越す道で、日本を東アジア協力という秩序に導く道です。朝鮮半島と東アジア、世界の平和と繁栄を導く「新たな朝鮮半島」が私達を待っています。

私達にはできます。ありがとうございます。

2019年8月15日 文在寅

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。「コリアン・ポリティクス」編集長

群馬県生まれの元在日コリアン3世。韓国・高麗大学東洋史学科卒。1999年から延べ15年以上ソウルに住みながら、人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年、韓国に「永住帰国」すると同時に独立。2016年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。その過程をまとめた「韓国大統領選2017」が多くのアクセスを集める。2017年5月からは韓国政治、南北関係を扱う日本語オンラインニュース「The Korean Politics(コリアン・ポリティクス)」を創刊し、現在は編集長。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。