「中長期の経済財政試算」を読み解く

髙橋 洋一経済学者
嘉悦大学教授プロフィール

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「PB黒字化」の目的、わかってますか?

12月9日の本コラム「消費増税の『悲惨すぎる結果』が判明…日本の景気、打つ手はあるのか」(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/69044)でも紹介したように、各種統計によれば、昨年10月の消費増税が日本経済を悪化させていることが明らかだ。

今週も、12月の百貨店売上高、全国スーパー売上高などの統計が公表される予定だが、それらもあまり期待できない。結局、10-12月の日本経済は「かなり悪かった」という結果になるだろう。

2019年10-12月期のGDP(1次速報)の公表は2月17日だが、その前に補正予算は成立しているので、政府としても手を打っているとはいえる。しかし、過去の本コラムで指摘したように、本来であれば昨年の臨時国会で補正予算を成立させておくべきであった。これは与党だけでなく、「桜を見る会」などに国会の議論を費やした野党の責任もある。

消費増税は8%から10%に上がったので、おおよそ5.6兆円の有効需要を奪う。軽減税率で1兆円、ポイント還元で0.3兆円程度戻すので、ネットでみれば4兆円強である。補正予算はそれと同規模なので、マクロ的には増税分を吐き出したともいえるが、タイミングが遅れたため、それだけでは不十分だ。

しかも昨年の消費増税は、世界経済が(1)米中貿易戦争、(2)ブレグジット、(3)ホルムズ海峡リスク、(4)日韓問題の要因で地合の悪いなか行われたので、2%増税でも3%増税した2014年と同程度の悪影響が予想される。となれば、東京五輪が終わった後、秋口に再び補正予算が必要になる可能性がかなり大きい。

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この状況だと、財務省の「緊縮病」が気になるところだ。それは、1月17日に公表されたばかりの、内閣府「中長期の経済財政試算」にも垣間見えている(https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2020/0117/shiryo_03-3.pdf)。

政府は国・地方の基礎的財政収支(PB)を2025年度に黒字転換する目標を掲げるが、この資料では、実現がさらに厳しくなったと強調されている。試算の成長実現ケースで、2025年度のPBは3.6兆円の赤字。昨年7月時点の試算(2.3兆円の赤字)より悪化したとし、麻生太郎財務相も、17日の閣議後の記者会見で「歳出改革の取り組みをさらに進めなければならない」と語った。

しかしそもそも、なぜPBを黒字化させなければいけないのか、目標を決めた政府もその理由がわかっているとは思えない。

なぜPBが重要なのか

かつてPBを目標にしようと言いだしたのは、小泉政権の2001年からだ。そのとき、理論的な背景は筆者が受け持っていた。

筆者がPBを目標としたのは、後述するように簡単な理由からだ。実は、それ以前にはPBではなく、財政収支の黒字化が目標とされていた。PBは税収・税外収入と国債費を除く歳出との差額である。一方、財政収支は税収・税外収入と歳出との差額だ。

例えば、国の来年度一般会計をみると、歳入計102.7兆円のうち財収・税外収入70.1兆円、公債金32.6兆円。歳出計102.7兆円のうち国債費を除く支出79.3兆円、国債費23.4兆円。PBは70.1-79.3=▲9.2兆円、財政収支は70.1-102.7=▲32.6兆円だ。PBと財政収支の違いは、国債費を含めるかどうかだ。

実はその当時、財務省官僚も上記の意味をわかっていなかった。当時の事務次官でさえ、裏で「なんでPBなんて導入したんだ。わかりにくいし、オレには理解できない」と本心を語っているのを、筆者は偶然にも小耳に挟んだことがある。

マスコミにもPBの本当の意味を理解している人はおらず、数字が財政収支より小さくでるので好都合だろう、と思っているような人ばかりだった。今でも、この状況は変わらない。

なぜ財政収支からPBへ目標を変えたかといえば、PBの動きが、ネット債務残高対GDP比の動きを規定するからだ。

財政状況は、債務残高で決まるのではない。また、債務残高対GDPで決まるのでもない。資産を勘案したネット債務残高対GDPで決まってくる。これはファイナンス論のイロハであるが、2018年10月15日付け本コラム「IMFが公表した日本の財政『衝撃レポート』の中身を分析する」(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/57978)で示したように、ネット債務残高対GDPの数字が、国の財政破綻確率にも大きく関係していることからもわかる。

つまり、ネット財務残高対GDPがどんどん大きくなれば(数学的な表現では「発散」すれば)、財政破綻とも言えるような状況になるわけで、それを防ぐにはPBをある程度管理しなければいけない。

財政破綻の危険は、まずない

なお、PBとネット債務残高対GDPの関係を完全に理解したければ、次の数式を見ればいい。

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ここで、ネット債務残高対GDP比は、もちろん中央銀行を含めた統合政府である。これも、単体ではなくグループ決算をみるというファイナンス論のイロハである。

こうした点について、筆者は2000年の初め頃から著作などで繰り返し主張し、政府内にいたときもこれに即した資料を出してきた。

そして、日本のネット債務残高対GDPを海外と比較すれば、先進国の中で決して悪い数字ではなく、財政破綻の危険はまずないことも指摘してきた。もっとも、PBとネット債務残高対GDPの関係も数量的に理解しているので、「PBを無視していい」というような、緊縮派とは違う意味で無責任な言い方もしてこなかった。

さて、こうした観点から、17日に公表された「中長期の経済財政試算」をみてみよう。

フランスよりもかなり健全

一部マスコミは、「成長実現ケース」は実現不可能で、「ベースラインケース」が妥当という。この見方は一概にデタラメとはいいがたいので、ここでは、成長実現ケースとベースラインケースの間に現実的なラインがあるとしておこう。

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その場合、PB対GDPは、▲1.3%程度の赤字を続けるか、2025年度の均衡化は無理だが、2027年度に均衡化する程度に改善するケースとの間になるだろう。

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その場合、グロス債務残高対GDPは、190%あたりで高止まりするか、低下傾向になるかの間だろう。ネット債務残高でも、現在のゼロを継続するか、ネット債務残高対GDPがマイナス、つまり資産超過になるかの間だろう。

はっきり言えば、ネット債務残高対GDPが現状程度のゼロであっても、財政状況としてはなんら心配ない。多少乱暴であるが、こうした状況であれば、PB黒字化という目標自体がナンセンスであるので、数年程度は無視しても実際の問題は起きにくいだろう。

もちろん、まったく無視していいとも言えないが、ネット債務残高対GDPが現在のゼロから多少プラスになっても、日本財政は破綻しないだろう。例えば、日本でPB対GDP▲2%を10年間継続しても、せいぜいドイツと同じ程度になるだけで、フランスよりもかなり健全な財政状況である。こうしてみると、PB黒字化に拘泥するのはかなりバカバカしい。

政府はもっと投資すべきだ

ネット財務残高対GDPを悪くしないという観点からみれば、借金を作りながら資産を形成できる投資が、最も適切な政府の行動になる。

本コラムでは繰り返し指摘しているが、今はマイナス・ゼロ金利環境なので、モノやヒトへの将来投資の絶好の機会だ。この投資は、当面の有効需要を増大させるとともに、将来の供給力を増加させるので、一石二鳥の妙策になる。

その手始めに、15年間も据え置かれている国交省での公共投資採択基準における将来割引率4%を、早急に見直す必要がある。それだけで、採択基準を満たす公共事業は増加し、現在の6兆円から20兆円近くになるだろう。それとともに、教育、研究開発や医療などへの投資も増やせばいい。

こうした話は、伝統的な経済理論から合理的に導くことのできる話だ。MMTのように奇をてらったモノではない。その証拠に、標準的な経済学者であるサマーズ元米財務長官も、「消費増税『デフレ懸念』/『5Gや医療に投資を』」(https://www.asahi.com/articles/DA3S14326886.html)と言っているくらい当たり前のことだ。上記の主張も、統合政府で見れば日本の財政は問題なし、マイナス金利だから政府投資せよ、という正統理論だ。

筆者が本コラムで書いたことは、内閣府の資料を検証せずにそのまま受けとったとしても言えることだ。はっきりいえば、今の経済財政諮問会議にいる「専門家」といわれる民間人は、単に官僚の作った文章を読み上げるだけの「アナウンサー」ではないか。

「民間人ペーパー」(https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2020/0117/shiryo_01-1.pdf)をみると、各省官僚の作文を寄せ集めただけのものなのがバレバレだ。いいように官僚(財務省)に操られているだけの走狗でしかないのは、情けない。