近藤 大介『週刊現代』特別編集委員
プロフィール
本当の混乱はこれから
誰もが予想した通り、久々に再開した春節(旧正月)休暇明けの2月3日の上海株式市場は、一時9%もの大暴落となった。これはまだまだ、混乱の予兆に過ぎないだろう。
先週1月31日には、ついにWHO(世界保健機関)のテドロス・アダノム事務局長が、中国発の新型コロナウイルスに関して「緊急事態宣言を出す」と発表した。中国は世界経済の約18%の規模を占めており、衛生上も経済上も、世界に与えるマイナスの影響は計り知れない。
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WHOは1月23日、非常事態宣言の発令を「時期尚早だ」として見送っていたが、これに世界中から非難が出ていた。「これを緊急事態と言わなくして、WHOの存在などどこにあるのか?」というわけだ。私は先週、元WHO西太平洋地域事務局長の尾身茂氏に話を聞いたが、WHOが多分に政治的組織であることを知った。
ちなみにテドロス事務局長は、2016年までエチオピアで外務大臣をしていた人物で、2017年7月、中国の後押しを受けて、WHOのトップに就いた。
エチオピアは、習近平主席が進める広域経済圏「一帯一路」のアフリカにおける「模範国家」である。アビ・アハメド首相は、一昨年、昨年と2年連続で訪中しており、昨年、中国はエチオピアの対中債務の利子を帳消しにしている。エチオピアでは、2008年に中国が3億ドルを投資して工業団地「東方工業園」を建設したのを皮切りに、電力から鉄道まで、18億ドルも投資している。
エチオピアにあるアフリカ連合(AU)本部庁舎も、2012年に中国が建てたものだ。医療関係で言うなら、エチオピアの医療施設や医療品も、中国からの投資や援助が「生命線」となっている。アフリカでは「チャイオピア」(チャイナ+エチオピア)と揶揄されるほどなのだ。
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それでもテドロス事務局長は急遽、中国入りして、1月28日に北京の人民大会堂で、習近平主席と会談。ここでも習主席は、「WHOが客観的かつ公正に事態を評価できると信じる」と述べて、テドロス事務局長にプレッシャーをかけた。だがもはや、世界中が注視しており、さすがに今回は、「非常事態宣言」の発令になったというわけだ。
そうしたら発生源の中国は、「奇手」に出た。「WHOが非常事態宣言を出した」というニュースを、「国際的に注目される突発的な公共衛生事件に指定した」と発表したのである。
ちなみに、WHOのホームページで確認すると、英語の原文は「a Public Health Emergency of International Concern」となっている。「Emergency」を日本やその他の国は「緊急事態」と素直に訳したが、コロナウイルス発生源の中国だけは、「突発的事件」と「超訳」したわけである。
中国は、あくまでも「これは緊急事態ではない」と、国際社会に主張したいのだろうか? そうではないと私は思う。「習近平主席がテドロス事務局長を説得したのにWHOの決定を覆せなかった」となれば、習主席の顔に泥を塗ることになるから、中国当局が忖度したのである。
目に余る「隠蔽体質」
一事が万事で、いくら「社会不安を起こさないため」という大義名分があるとは言え、新型コロナウイルスに関する中国当局の「隠蔽体質」と、インターネットやSNSに対する「過剰反応」は、外から見ていて目に余るものがある。
武漢で、もしくは中国で、新型コロナウイルスと闘う人々の話を、私は連日、インターネットやSNSでフォローしている。ところが、これは重要だと思うニュースがアップされると、瞬く間に削除される。当局にとって、望ましくない内容が書かれているという理由なのだろう。
ついには1月29日、「虚偽の流布をした者には厳罰に処する」と、官製メディアを通じて警告が出された。武漢の医療現場の医師や看護師などは、「治療に関することをインターネットやSNS上に勝手に流さない」との誓約書に、一人ひとりが署名させられているという。
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だが、そもそも12月31日に、心ある「8人組」の武漢の医師たちが告発しなければ、新型コロナウイルスは公にならなかった。
同日、武漢市センター病院、武漢協和病院、武漢腫瘍センター病院の8人の医師たちが、「微信」(WeChat)内の医師仲間が入っている「朋友圏」(グループ内でのチャット)で、情報交換を行った。
「すでに多数のSARS(重症急性呼吸器症候群)に似た症状が発生している」
「私も華南果物海鮮市場に勤める7人のSARSに似た症状の患者を診た」
「別の病院でもSARSのような症例の一家3人を受け入れたそうだ」……
彼らは、「何か恐ろしいことが起こり始めている」「この未知のウイルスは一体何だろうか?」ということを、同じ武漢で仕事する医師仲間として、情報交換したのである。
こうした彼らの「会話」が、いつのまにか「微信」上で拡散していった。
すると、翌元日の夕刻、武漢市公安局(武漢市警察)が、次のような緊急声明を発表したのだ。
〈 最近、わが市の一部医療機関で、多くの肺炎の症例が発見された。武漢市衛生健康委員会は、こうした状況を通報している。しかしながら、一部のインターネットユーザーたちが、不確実な状況下で不確実な情報を散布し、転載し、社会に悪影響を及ぼしている。公安機関はこの一件を調査し、すでに8名の違法者を特定した。そして法に基づいた処分を行った。
警察が提示するのは、インターネットは法の外にはないということだ。インターネット上で発布する情報、言論は、法律法規を守らねばならない。デマを捏造したり、伝播・散布させ、社会秩序を攪乱させる違法行為を行った場合は、警察は法に基づいて処置をする。絶対に見過ごさない。
多くのインターネット愛好者たちが、相関する法律法規を順守し、デマを作らず、信じず、拡散させず、調和の取れた清朗なインターネット空間を共に作ることを希望する 〉
この公安局の声明に呼応するように、CCTV(中国中央広播電視総台)は「武漢でデマゴーグを流した8人組を摘発した」と、全国ニュースで流した。私もこのニュースを見たが、「春節(1月25日の旧正月)を前に、警察の締め付けが厳しくなってきているな」と思っただけだった。武漢発のニュースではあったが、「8人組」が医者だとは伝えていなかったからだ。
「8人組」の一人が実名で投稿
ところが、先週のこのコラムでも伝えたように、2003年にSARSから中国人を救ったヒーローこと鐘南山院士(83歳)が、1月18日に武漢入りし、20日に北京で国務院に報告を上げてから、中国政府の態度が一変した。
鐘院士は、「これはSARSより恐ろしい新型コロナウイルスである」「一刻も早く武漢市を封鎖し、多数の患者を隔離できる専門病院を作らないと大変なことになる」などと警告したのである。
この警告が、のほほんと雲南省を視察(1月19日~21日)していた習近平主席に緊急報告され、「主席命令」が出されたのである。中国当局が重い腰を上げたのは、ここからである。「8人組」が警告を発してから、すでに3週間も経っていた。
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武漢だけでなく中国全土で、この勇気ある「8人組」に対する公安部の対応を非難する声が渦巻いた。すると1月28日になって、「法の番人」である最高人民法院が、声明を発表した。
〈 公安機関は「華南果物海鮮市場の7人のSARSに似た患者を診た」などとする文章を発した8人を処罰した。だが8人が発した内容は、必ずしも完全な捏造とは言えず、主観的に悪意を持ったものでもない。
この種のデマが客観的に見て、一定の範囲の集団が自己保護意識を高めるのに一定のプラスの影響があること、かつこの種の事実が容易に明らかになっていることを考慮し、執法機関はこのような「虚偽情報」について、寛容な態度を保持すべきである 〉
普段、撤回や謝罪などあり得ない中国当局による、精一杯の「火消し作業」だった。だが当の武漢市公安局は、何の謝罪もない。
1月30日、この「8人組」で初めて、武漢市センター病院の李文亮医師が実名で名乗り出て、次のようにネット上にアップした。
〈 皆さん、こんにちは。私は武漢市センター病院の医師・李文亮です。12月30日、私はある患者の検査報告を見ました。それは、SARSのようなコロナウイルスが確証できる陽性反応を検出していました。私は同じ臨床医の同級生たちに防護の注意を喚起するため、「7例のSARSのような病状を確診した」と伝えたのです。
すると1月3日、公安局の人たちが私のところへやって来て、「訓戒書」にサインするよう迫りました。その後は再び、正常に勤務していたのです。しかし新型コロナウイルスの患者に接したことで、私は1月10日から咳き込むようになり、11日に発熱し、12日に入院しました。その頃、私は、「このウイルスはどうして人から人へ感染しない、医者と看護師に感染しないなどと言っているのか」と通報したかった。
しかし私はICU送りとなりました。核酸の検査結果も一向に出てきません。最近もう一度、検査しましたが、私の核酸は陽性を示していました。いまだに呼吸困難が続いていて、活動ができません。私の両親も入院しています。
病室で、多くのインターネット愛好者からの支持と激励を見ました。それらを見ていて、少し気持ちが軽くなりました。皆さんの支持に感謝します。医師免許も取り上げられていないので、ご安心下さい。私は治療に専念し、一刻も早く退院します! 〉
翌日の1月31日、北京感恩公益基金会は、「守護者後ろ盾行動」の名目で、李文亮医師に、10万元(約156万円)の「特別貢献支持金」を交付すると発表した。
同日、湖北省共産党委員会は、武漢の新型コロナウイルスの2大受け入れ機関の一つである武漢市金銀譚病院の張定宇院長(57歳)に、「全省優秀共産党員」の称号を与えると発表した。こうした発表は、「人民の反発」を恐れて、中国共産党が躍起になっていることを物語るものだ。
衛生当局の苦しい弁明
北京では毎日、国家衛生健康委員会が記者会見を開いていて、私も毎日、インターネットの生中継で見ている。そんな中、1月29日、とんでもないやりとりを、インターネット・テレビが伝えた。
1月28日、武漢市の隣の黄岡市では、この日だけで324人の感染者と1048人の感染と思しき人を出していた。そこで翌日、北京大学第一病院の李六億医師を団長とする「督査組」(監督調査団)が黄岡市に入り、黄岡市衛生健康委員会の唐志紅主任(48歳、女性)から聞き取り調査を行った。その面接の場面を、同行記者が撮っていて、生々しいやりとりを暴露したのだ。
調査団: ここの病院では、何人の患者を収容できるのか?
唐志紅主任: (沈黙)
調査団: あなたは(黄岡市衛生健康委員会の)主任なのか、副主任なのか?
唐主任: われわれには主管している医療機関がいくつかある……。
調査団: あなたは主任なのか? トップなのか?
唐主任: そうそうそう。(収容者数は)200くらいじゃなかったかな(横から「118です」と補足される)
調査団: 現在、何人の患者を収容しているのか?
唐主任: それはよく知らない。
調査団: 最大で何人、収容できるのか?
唐主任:(どこかへ電話をかける)「あんた早く教えてよ」(電話を切って)分かる者がいますぐ来るから。
記者: (いたたまれなくなって)あなたはきちんと状況を把握しているのか? 一体どのくらいの病人が出ているのか?
唐主任: 私は知らないわ。はっきりしない。私が知っているのはベッド数だけよ。収容できる病人の数なんか聞かないでちょうだい。
このやりとりの映像が全国に流れたことで、黄岡市政府に対して、非難轟々となった。唐主任は翌30日付で、懲戒免職となった。2月1日には、黄岡市の共産党幹部ら337人を処分したと発表された。この緊急の時期にこれほどの幹部を処分して、誰がコロナウイルスの対処に当たるのかと思ってしまう。
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もう一つ、現地で非難を浴びているのが、武漢市赤十字会である。
1月30日、新型コロナウイルスの患者専用病院と化している武漢市協和病院が、ネット上で、悲惨なSOSの呼びかけを行った。「医療用の防護服からマスクまで、まもなく尽きてしまうので、大至急、直接病院に届けてほしい」というのだ。「病院へ行ったら、医師や看護師たちがゴミ袋を破いて防護服やマスク代わりにしていた」という話まで、ネット上では飛び交った。
中国の官製メディアは、1月24日から30日の一週間で、5917万8000件もの緊急物資が国外から届いており、うちマスクは5917万8000個もある。また、全国のマスク工場だけは春節の大型連休期間中も稼働しており、毎日2000万個のマスクを生産している。これらは武漢市に、最優先で回されているので満ち足りていると報道しているのだ。
ところが、最重要病院に指定されている協和病院には、3000個のマスクしか配布されず、指定外の仁愛病院に3万6000個ものマスクが配布されている事実も発覚した。
これは一体、どういうことか? 取り沙汰されているのは、武漢赤十字会による転売疑惑、もしくは不作為(放置)である。
2月1日になって、湖北省人民政府新聞弁公室が記者会見を開き、李強武漢市党組織委員が、苦しい弁明をした。
「武漢市赤十字会には、すでに6億元、9316箱、7万4522個の防護服、8万456個のゴーグルなどの救援物資が届いている。それではなぜ病院の物資が欠乏しているのか? その主な原因の一つは、消費量が供給量を上回っていることだ。あとは配達が遅れてしまっているという問題もある……」
中国赤十字会は、普段から何かと火種が絶えない組織だが、同日、『環球時報』は、梁恵玲中国赤十字会共産党委員会書記を代表とする「中国赤十字会総会工作組」が、指導と督促のため武漢に向かったと報じた。そして彼女たちの出発前に、陳笠中国赤十字会長が、講話を述べたという。
「習近平総書記の疫情防控(コロナウイルスの防衛とコントロール)の重要指示の精神及び中国共産党中央委員会が決定した政策と、確実に思想と行動を統一させるのだ」
2月2日には、武漢赤十字会の12人の職員が、ひと月2万3000元もの報酬をもらっていることが暴露された。武漢市の公務員の平均月給は約7000元である。
世界的実業家の「存在」も消され
首都・北京でも、2200万市民の当局への不信感が高まっている。
北京で初の死者が出たと発表されたのは、1月27日のことだった。一度は流れたニュースによれば、犠牲となったのは、約1年前まで天合光能(トリナソーラー)の副総裁だった楊軍氏で、享年50。
天合光能は、世界最大の太陽電池メーカーである。1997年に江蘇省常州で創立し、2006年にニューヨーク証券取引所に上場した。2019年の中国製造業500強では291位になっている。従業員は世界中で1万3000人もいて、日本にも支社がある。
その元ナンバー2で、中国でも著名な実業家が、新型コロナウイルスに罹って急死したのである。彼の死が、2200万人の北京市民に与えた衝撃は大きかった。
楊副総裁は、2020年の新年にも趣味のジョギングを続けるなど、健康そのものだった。だが、1月8日に武漢に出張し、15日に北京へ戻った後、発熱した。それで、25日の春節(旧正月)前に病院に行ったところ、新型コロナウイルスと診断され、春節の3日目に急逝してしまったのだ。
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この時、北京人たちがネットやSNS上で囁き合ったのは、「楊軍氏は著名人だから、当局が隠し切れなくなって発表したのだ」「本当はもっと多くの死者が出ているに違いない」ということだった。
こうした「発言」は、アップされては削除されるというイタチごっこを繰り返したが、その中で信憑性がありそうな話があった。それは楊軍副総裁には、中国人民大学付属高校3年に通う娘がいて、春節前の1月20日に教師と生徒の父母との父兄会があった。その父兄会に楊軍氏も参加しており、同じく参加した2人が、新型コロナウイルスに罹って死亡したというのだ。この2人の具体的データまで、一時はネット上で拡散した。
これら一連の証言と写真は、とても「フェイクニュース」には思えなかったが、たちまち削除されてしまった。そのうち「楊軍」という人物さえ、「そもそも存在しなかったこと」になってしまった。
正確に言えば、「百度」(バイドゥ)で「楊軍」と検索すると、山東省青島市政治協商会議共産党書記を始め、計185人もの同姓同名が出てくる。だが、最も有名人だった元天合光能の楊軍副総裁は、消えてしまっているのだ。彼が死んだというニュースさえ、きれいさっぱり掻き消されている。中国の太陽電池を世界一に導いた彼の人生は、一体何だったのだろう?
また中国人民大学は、中国共産党が建国後、北京に初めて建てた「党の幹部養成学校」である。一体どうなっているのだと、問い合わせや非難が殺到した結果、1月29日になってようやく、付属高校が声明を発表した。
〈 2020年1月23日夜、人民大学付属高校は、海淀区疾控センターからの通知を受け取った。それは、わが校の高三の学生の父兄が、新型コロナウイルスに感染したというものだ。
1.父兄の状況
人民大学付属高校は上級部門に情報の確認を取り、わが校の父兄が新型コロナウイルスに感染し、治療もやむなく病死したことを確認した。われわれの深い哀悼の意を述べるとともに、不幸に遭遇した家族に深い同情を示す。
2.父兄会の状況
1月20日に、高三の父兄を対象に父兄会を行った。当日の座席数は680席だったが、すべて埋まったわけではない。インターネット上で「1000人以上いた」と流れたのは事実と違う。当時はまだ新型コロナウイルスの状況が不明だったため、開いたのだ。
3.その後の状況
新型コロナウイルスの感染が明らかになって以降、わが校は海淀区疾控センターに、参加者名簿と連絡先を渡した。同時に、感染した父兄の近い席の人々の情報も提供した。海淀区疾控センターは直ちに、これらの人々を隔離し、検査したが、現在まで父兄も学生も(最も近くで接触していた班主任を含む)感染は見られていない。(以下、省略)〉
北京市政府は2月2日の会見でも、「感染者数は191名で死亡者は1名」と発表している。ところがネット上では、この父兄会に参加したもう二人も死亡したという詳細な情報が拡散している。はて、どちらが正しいのか?
この件で思い出したのが、一昔前のPM2.5の大気汚染騒動だった。北京市環境保護局は毎日、北京市内の各地域のPM2.5の数値を発表する。私が宿泊していた所の真向いの中国銀行も、顧客サービスの一環として、銀行の外に観測器を設置して、独自に数値を出していた。ところがなぜか、中国銀行前にある観測器の日々の数値は、北京市環境保護局が発表する数値の2.2倍を示しているのである。
毎日2.2倍を示すので不思議に思っていたら、一週間ほどして銀行員が観測器を取り外していた。「とてもありがたいのに、なぜ取り外すのですか?」と聞いたら、「北京市当局からのお達しがあったのです」と答えた。
習近平政権、最大の危機
新型コロナウイルスの話に戻るが、たとえ新型コロナウイルスで死亡したとしても、それを病院が、普通の肺炎や、その他の死因に変えてしまうことは容易だ。「新型ウイルスの検査キットが揃っていなかった」とかなんとか、理由はいくらでもつく。
中国では病院と言えば公立病院なので、医者も看護師も準公務員である。病院の経営や幹部人事を支配しているのは、病院の共産党委員会である。そこには当然、上層部に対して「忖度」が働くと見るべきだろう。
もう少し病院側に同情的な見方をすれば、「患者が殺到して診察しきれない」という事情が、全国的にある。特に武漢では、人口1100万都市なのに、指定病院が29ヵ所しかない(野戦病院として建設した「火神山病院」を除く)。ある病院では医療スタッフ20人に対して、受診希望者が3万人とか、とんでもないことになっている。これでは正確な感染者数など、出しようもないだろう。
幸運にも診察してもらえたとしても、医療費の壁が立ち塞がる。インターネット上では、妊娠している妻を死なせてしまった武漢市郊外の32歳の夫の手記が、涙を誘っている。人工呼吸器など一週間で40万元(約620万円)の費用を用立てられず、親類や友人などから20万元しか搔き集められなかった。そこで仕方なくその分だけの治療を行ったら、妻が死んでしまったというのだ。隣で入院していた老人は、40万元を払い、助かったという。
ともあれ、今回の新型コロナウイルス騒動によって、中国は、2012年に習近平総書記が誕生して以来、最大の危機を迎えている。
習近平政権は、「14億人民が団結し、愛国の精神でこの戦争に打ち勝とう!」と、国民を鼓舞している。そして、「武漢市当局と湖北省当局に非があった」ということにして、「中南海」(北京の最高幹部の職住地)に非難の矛先が向くのを、必死になって抑えようとしている。
おそらく、3月3日から予定されている中国人民政治協商会議と、3月5日から予定されている全国人民代表大会は、延期となるだろう。表向きの理由は2つ。すなわち「コロナウイルスとの戦争の最中」「首都北京の準備が間に合わない」ということだ。だが習近平主席が最も懸念しているのは、「開会して自分に非難の矛先が向くこと」だろう。
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その習近平主席は、「私が自ら指揮し、自ら手配する」と宣言しておきながら、新型コロナウイルスの対策グループのグループ長には李克強首相を指名し、李首相に武漢に行かせている。こうしたスタイルは、周恩来首相に「汚れ役」をやらせ、自らは蟄居していた毛沢東主席を髣髴させる。そのため、インターネットやSNS上には、「自ら指揮し、自ら手配する」と述べた習主席の映像が、これ見よがしにアップされ、拡散している。
そこにはこんな皮肉なキャプションが付けられていた。
〈 マスクはあるか? ない。消毒液はあるか? ない。防護服はあるか? ない。ゴーグルはあるか? ない。困難なことはあるか? ない。お上への信心はあるか? ある 〉