中国政府が新型コロナウイルス問題をめぐり、米政府・メディアと論戦を展開している。米中の争いは記者の追放合戦となり、中国外務省は同国に批判的な一部の米メディアが米政府から支持を受けていると主張して、両者の関係を問題視。しかし、社会主義体制の中国ではメディアは当局の指導下に置かれ、報道が厳しく規制されており、外務省スポークスマンの発言は自己矛盾を露呈する結果になっている。
◇言論の弾圧強化
米中の記者追放合戦に関連して、中国外務省スポークスマンの耿爽副報道局長は3月18日の定例記者会見で「米政府は絶えず一部の米メディアの(新型コロナに関する対中批判の)誤った言動を支持、鼓舞している」とした上で、「それらのメディアは米政府から命令を受けているのか。彼らと米国の政府、利益集団はどのような関係にあるのか」と述べた。
つまり、メディアは本来、政府や特定の政治勢力から独立していなければならないのに、中国を「アジアの病人」呼ばわりした米紙ウォール・ストリート・ジャーナルなどは米政府からの指示で中国を攻撃しているのではないかと疑問を呈したわけだ。
確かにメディアが政府に従属すれば、言論・報道の自由が失われかねないのだが、メディアが全て「共産党の指導」を受けている国の当局者がそのような懸念から他国に文句をつけるのは奇怪なことだ。
社会主義国ではメディアは党宣伝部の支配下にあり、締め付けは習近平政権になってからますます強化されている。2016年にそれをインターネット上で公然と批判した著名な実業家、任志強氏は党員として1年間の観察処分を受けた。任氏は習国家主席(党総書記)の盟友、王岐山国家副主席の親友として知られるオピニオンリーダーだ。
その任氏が書いたとされる論文が3月初め、久しぶりにネット上で出回った。論文は、新型コロナ感染拡大を当局が隠蔽(いんぺい)して事態を悪化させておきながら、その後、共産党が新型コロナ対策を自賛し、習氏の個人崇拝をあおっていることを批判。同月中旬に入って、任氏は党規律検査委員会に連行されたという説が流れた。このため、習氏と王氏の関係が悪化しているとの見方も出ている。
一連の経緯は主に香港紙など中国本土以外の中国語メディアで報じられたが、中国メディアは全く取り上げなかった。
◇米軍起源説を公言
3月12日には、別の外務省スポークスマンである趙立堅副報道局長がツイッターで新型コロナについて「米軍が武漢に持ち込んだ可能性がある」と公言して物議を醸した。
趙氏は2月下旬からスポークスマンとして外務省記者会見に登場するようなったばかりで、その攻撃的スタンスから本土以外の中国語メディアで「戦狼スポークスマン」と呼ばれている。「戦狼」は中国版ランボ―といわれるアクション映画である。
趙氏の発言は新型コロナ中国起源説に対する反発から出たと思われる。トランプ米大統領が「中国ウイルス」の呼称を使うなど国際社会では中国起源説が多いが、「新型コロナが最初に中国で広がったからと言って、中国で発生したとは限らない」というのが中国側の主張だ。
その理屈自体は正しいが、常識的に考えて、大規模な感染が始まった武漢(湖北省)が発生地として疑われるのは当然であろう。中国起源説が100%証明されていないからと言って、「中国が起源ではない」と断定することはできない。
また、米軍起源説は昨年10月に武漢で開かれた軍人の国際スポーツ大会からの連想とみられるが、「中国起源説は100%証明されていないので、中国を非難するはおかしい」と主張する者が、確たる証拠もなしに責任を他国になすり付けるかのような発言をするのは矛盾している。
そもそも、中国内外で問題視されているのは、新型コロナが中国で発生した可能性があることではなく、武漢で感染が広がり始めた昨年12月から今年1月にかけて当局が詳しい情報を隠蔽し、その結果、感染が爆発的に拡大したことである。
現地当局は感染拡大の初期段階で中央に報告したのに、中央が対応を怠ったとの見方が多い。習1強体制では中央イコール習氏なので、中央の判断ミスは習氏のミスということになる。しかも、1月中に早々と武漢を視察した李克強首相と違って、習氏は感染がピークを越えた3月10日まで現地入りしようとせず、さらに評判を落とした。
新型コロナ問題で中国共産党・政府が最も重視するのは「感染拡大の責任は習氏にある」「中国が新型コロナを生んで、世界各地にばらまいた」といった説を否定し、「中国は習氏の指揮の下、新型コロナ対策に大きな貢献をした」と宣伝することだ。中国外務省スポークスマンたちの矛盾した発言は、こうした困難な政治的任務を遂行しなければならないという圧力に起因するのかもしれない【解説委員・西村哲也】。