特措法に基づく緊急事態宣言が発令され、休業要請を巡って国と都が喧嘩している。緊迫感ただよう情勢の中で、ちょっと不謹慎かなと思いつつ、生物学者の福岡伸一氏の論説に改めて目を通してみた。6日付の朝日新聞に掲載されたものだ。タイトルは「『ウイルスは撲滅できない』福岡伸一さんが語る動的平衡」となっている。それによると「ウイルスこそが進化を加速してくれる」とある。さらに「親から子に遺伝する情報は垂直方向にしか伝わらない。しかしウイルスのような存在があれば、情報は水平方向に、場合によっては種を超えてさえ伝達しうる」、「病気は免疫システムの動的平衡を揺らし、新しい平衡状態を求めることに役立つ」とある。

「動的平衡」という言葉は、聞き慣れない人が多いと思う。生命体は新陳代謝を繰り返しながら、絶えず新しく生まれ変わっているというものだ。それによると「(生命は)絶えず自らを壊しつつ、常に作り替えて、あやうい一回性のバランスの上にたつ動的なシステムである」と定義される。この定義に従うとウイルスは、「その個体が専有していた生態学的な地位を、新しい生命に手渡すという、生態系全体の動的平衡を促進する行為」を担っているのだそうだ。発生学的にいえばウイルスは「高等生物の遺伝子の一部が、外部に飛び出したもの。つまり、ウイルスはもともと私たちのものだった」らしい。感染とはウイルスが仕掛けて起こるものではなく、人間が取り込むことによって起こる現象だともいう。

米ロスアラモス国立研究所の数理分析によると、感染流行初期の武漢では1人の感染者が平均5.7人にうつした公算が大きいという。ブルンバーグが伝えている。こうした状態で感染拡大を防ぐためには、人口の82%が罹患して抗体を備えている必要があるという。データによると新型コロナの感染者のうち8割が無症状だ。緊急事態宣言で政府は人との接触を8割減らすという目標を掲げている。不思議に8割という数字が並ぶ。福岡氏が指摘するようにウイルスとの共存が避けられないとすれば、感染遮断という対策にはあまり意味がないのかもしれない。現実的に感染は想像以上に拡がっているはずだ。大事なのは感染者を増やさないことではなく重症化させないこと、死者を増やさないことだ。医療体制は絶対に崩壊させない。国民と政府にいま求められているのは、そのための“強い覚悟”ではないだろうか。