編集委員・伊藤裕香子
安倍晋三首相が「世界的にも最大級」と誇る事業規模108・2兆円の緊急経済対策には、「国民の命と生活を守り抜き、経済再生へ」との副題がある。でも、目玉とされる1世帯あたり30万円の現金給付はわかりづらく、どう申請し、いつ届くかも見通せない。新型コロナウイルスの感染拡大で緊急事態を宣言したいまこそ、首相には対策の規模感ではなく、スピーディーで柔軟な対応とわかりやすい説明で、国民の不安を解消してもらいたい。何よりも命とくらしを守り抜くために。
臨時休業を伝える貼り紙が目立つ東京・新橋の繁華街=10日、西畑志朗撮影
東京都内で個人タクシーを走らせる男性は、「30万円」の情報を、毎日のようにネットで検索する。外出の自粛で客がいつ戻るのかはまったく見えず、4月の収入は半減どころか、1割にも届かない。
「自分が対象になるのか、いつどう手続きするのか、よくわからなくて」
安心材料のはずなのに
給付金を、首相は「困難に直面している家族や事業者」への支援だと力説する。なのに、当事者となる国民への知らせ方は、なんとも心もとない。
首相官邸のホームページから見られる「生活と雇用を守るための支援策」(https://www.kantei.go.jp/jp/pages/coronavirus_shien.html)には、「収入が半減した世帯」を対象とする30万円の給付金について、「制度の詳細や申請方法などは、決まり次第お知らせします」とある。
およそ1300万世帯への支給を見込んで4兆円超を用意し、首相は「5月にただちに」支給したいと意気込みを語る。しかし、申告制でありながら、収入が毎月一定ではないフリーランスなどがどんな書類を用意して減収を証明するのか、具体的な手続き方法や受付時期は決まっていない。
コールセンター(03・5638・5855)は、土日祝日は休み。支給のめども、窓口となる自治体の準備次第で異なってくる。
安心材料となるはずの給付金で、肝心の国民は知りたいことにたどりつけないもどかしさ。しかも、収入が激減しても条件によって対象外となる人がいる。
宣言翌日の東京の都心では、次の日からの臨時休業を決めたいくつかの店で、半額の緊急セールや大幅値引きをしていた。
規模ばかりを強調されても
政府は、中小企業や個人事業主に最大200万~100万円を渡す給付金もつくる。2兆3千億円をかけて、約130万社の利用を想定しているが、1月以降に開業した人は対象外。こちらも申請の詳細が決まるのはこれからで、電話の相談窓口(03・3501・1544)は問い合わせが多く、つながりにくい。
首相は経済対策の108兆円について、「GDP(国内総生産)の2割」とその規模感を強調し、自民党の岸田文雄政調会長も、「世界各国でもドイツと比べて遜色はない」と語る。
この108兆円は「事業規模」と呼ばれる。ここには、給付金や公共事業の費用といった国や自治体が出すお金だけでなく、将来返済する資金の融資枠や、いずれ納める必要がある税と社会保険料の支払い猶予額も含まれる。すべて額面通りに実現するかは、わからない数字だ。
仕事や生活の環境が激変した人たちに聞くと、大事なことは、108兆円という規模よりも、自分の生活がこの先も維持できるかどうかの具体的な対策の中身だという。どんなに大きな全体の金額を示されても、いま苦しい自分に早く、確実に支援が届かなければ、安心にはほど遠い。
ネット上で、アベノミクスをもじった「アベノマスク」、1億総活躍ならぬ「1億総マスク」などと注目される「1世帯に2枚の布マスク」。108兆円には、500億円弱の配布費用も入った。
一方で、約1兆7千億円は、事態が落ち着いた後に観光やイベント、飲食店支援のためにクーポン券やポイントを配る「Go Toキャンペーン事業」に使う。企業の新事業開拓などを後押しする「新型コロナリバイバル成長基盤強化ファンド」とともに、仮称とはいえ、いち早く名前だけは決まった。
キャッチフレーズにこだわりたいなら、108兆円の緊急経済対策も、たとえば「全世帯型安心保障」などと誇って、話題にしてもらえばいい。名前負けしないよう、国民一人ひとりの命とくらしを守ることを最優先に、いまは臨機応変に修正を加えながら、求められる政策を届けきる時期なのだから。
スピード感やていねいな説明は後回しになり、「最大級」ばかりが優先されるなら、国民の不安や不満はさらに募るだけだ。(編集委員・伊藤裕香子)