昨年前半、アメリカから日本に上陸したMMT(現代貨幣理論)は、景気後退下での消費増税を目前にしていたこともあって大きな関心を呼び、論争を巻き起こした(と言っても、批判が大多数であったが)。拙著『目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編】』を含むMMT関連本が立て続けに出版され、主唱者であるステファニー・ケルトン教授やビル・ミッチェル教授が来日した。これを、日本におけるMMTブームの「第1波」だとするならば、森永康平氏の『MMTが日本を救う』は、その「第2波」の到来を告げる書である。

コロナ危機によって再燃しているMMTブーム

MMTブームの「第1波」が消費増税と共に盛り上がったのに対し、「第2波」は、新型コロナウイルスによるパンデミック(「コロナ危機」)によって引き起こされている。

コロナ危機によって経済活動が全面的に停止したことで、1930年代の世界恐慌以来、最悪と言われるグローバルな大不況となった。これに対して、各国は、財政支出をかつてない規模で拡大せざるをえなくなった。わが国においても、例えば、一律10万円の給付金に象徴されるように、財政支出の拡大が求められた。

確かに、大規模な財政出動なくして、この危機を乗り切ることは不可能であることは、誰もがわかっている。しかし、大規模な財政支出を可能とする財源は、わが国のどこにあるというのか。もし、大規模な財政出動によって国民を困苦から救ったとしても、その結果として、国家財政が破綻してしまうのではないか。

こうした疑問から、財政政策に関する関心を高め、調べ始めた人々がいた。そこで彼らは、「財政赤字は、問題ではない」「日本は、財政危機ではない」と主張するMMTに触れたのである。

その結果、以前であれば、よく知ろうともせずに「ばかばかしい」と一蹴していたかもしれない人や、「経済は難しくてわからない」と敬遠していた人までもが、MMTについて真面目に受け止め、もっと知りたいと思うようになっている。それは、なぜか。言うまでもなく、このコロナ危機の中で財政赤字を拡大できるか否かに、われわれ国民の生死がかかっているからだ。

その意味で、MMT「第2波」は、「第1波」よりも大きなうねりとなりつつある。そのタイミングで投じられた森永康平氏の『MMTが日本を救う』は、この「第2波」をもっと大きな運動へと変えていく可能性を秘めている。

本書の際立った特長をいくつか挙げておこう。

① わかりやすさ

本書は、何と言ってもわかりやすい。経済書にありがちな専門用語でけむに巻くようなところがまったくない。

それというのも、著者の森永氏は、金融教育ベンチャーである株式会社マネネのCEOであり、経済知識の教育に関しては、プロ中のプロなのだ。しかも、証券会社等におけるアナリストやストラテジストとして活躍し、アジア各国でさまざまな企業や事業を立ち上げた経験ももっている。森永氏は、「机上の空論」ではなく、生きた経済現実を知っているのだ。

興味深いことに、MMTに積極的な関心や理解を示すのは、森永氏のような金融アナリストや税理士など、民間の実務家が多いようだ。例えば、昨年『MMTとは何か』(角川新書)を上梓した島倉原氏も、株式会社クレディセゾンの主任研究員であった。逆に、MMTに対して強い拒否反応を示すのは、(財務省を除けば)主流派経済学の訓練を受けた経済学者が圧倒的に多い。

実は、MMTは、現代貨幣「理論」とは言いながら、実際には「理論」というよりは、税財政、金融あるいは会計実務の「描写」の側面が色濃い。だから、実務家に好まれる。そして、同じ理由から、主流派経済学界の理論家には敬遠されるのであろう。

MMTを中立的な立場から書いている

② 公平・中立

「MMTが日本を救う」というタイトルにもかかわらず、森永氏はMMT支持者としてではなく、中立的な立場から書いている。MMTをめぐる論点を広く網羅し、その賛否を公平に扱っている。これは、昨年のMMT論争で論点が出尽くした後の「第2波」だからこそできる「後発の利益」と言える。

また、本書は、MMTに関する賛否を題材にしつつ、財政、税制、金融、マクロ経済学の基本知識を身に付け、経済の仕組みについての理解を深めるための教材としても十分に使えるものとなっている。「MMTが日本を救う」というタイトルには、「(国民が)MMT(を通じて経済の知識を深めること)が日本を救う」という意味が込められているのではないだろうか。

③ コロナ危機との関連

本書は、コロナ危機に対する処方箋、そしてアフターコロナの展望まで扱っている。MMTの解説だけなく、コロナ危機を論じた書としても読めるのだ。

コロナ危機においては、医療体制を整備したり、医療物資を確保したりするうえでも、また、貧困、失業、倒産を防ぐうえでも、結局、財政支出の拡大が不可欠である。金融政策にも一定の役割はあるが、やはり重要性の比重は、圧倒的に財政政策にある。財政政策を最も重視するMMTは、コロナ危機対策のための理論であると言ってよい。

加えて、森永氏は、MMTをベースとしつつも、MMTの枠を超えて、コロナ危機に対するプラグマティックな処方箋を的確に描いてみせている。とくに、MMTの論者が否定的なベーシック・インカムについて、コロナ危機対策として試験的に導入することを提案しているが、これは森永氏のオリジナルな主張である。

さらに森永氏は、アフターコロナの展望として、所得格差と金融バブルの問題に焦点を当てつつ、「新しい経済学」の誕生を予告している。実に的確に、時代を読んでいると感嘆を禁じえない。

消費増税が強力なデフレ効果があったことを分析

④ 消費税の問題

コロナ危機が覆い隠してはいるが、わが国の経済は、パンデミックが襲来する以前に、昨年10月の消費税率の10%への引き上げによって、大きな打撃を受けていた。これは、MMT「第1波」の中で、筆者を含むMMTの支持者たちが予測し、繰り返し警告してきたことであった。消費税には、国民の購買力を奪う以上の意味はない。財政健全化や社会保障財源の確保といった理屈付けは、いずれも根本的に間違っているのだ。

「第2波」に位置づけられる本書は、消費増税がどれだけ強力なデフレ効果をもつものであったかを、データによって明らかにしている。その中でも出色なのは、軽減税率がデフレ効果をもつという分析である。詳細は本書に譲るが、消費税率の軽減がデフレ効果をもつというパラドクスを指摘した森永氏の分析能力の高さには、敬服するほかない。

以上、本書の特長を4点に絞って述べてきたが、最後に、本書が刊行されることの重大な意義を付け加えておきたい。

猛威を振るった新型コロナウイルス感染症も、いずれは、収束に向かうであろう。しかし、注意しなければならないことは、パンデミックが収束した後にこそ、新たな経済危機のリスクが高まるということだ。

なぜ、そう言えるのか。

パンデミックの最中には、大規模な財政支出が行われる。しかし、その結果として、パンデミックが終わった後、膨大な政府債務が残される。

そうなると、財政規律にとらわれている国は、巨額の政府債務に恐れをなし、極端な歳出削減や増税によって、財政健全化を図ろうとするであろう。その結果、経済は、再び、恐慌へと陥ってしまうのである。

実は、これには先例がある。

世界恐慌時、アメリカのルーズヴェルト政権は、1933年から、ニュー・ディール政策の下、公共投資を拡大し、1935年までに失業率を減少させた。ところが、ルーズヴェルト政権は、景気回復の道半ばにもかかわらず、政府債務の累積に恐れをなし、1936年から1938年にかけて、財政支出を削減してしまった。その結果、1937年から1938年にかけて、史上最も急速な景気後退を引き起こし、失業率は再び跳ね上がってしまった。

つまり、1930年代、アメリカの恐慌は、2度、あったのである。アメリカが最終的に恐慌を脱出しえたのは、周知のとおり、第2次世界大戦に参戦したことによる軍事需要によってであった。

コロナ危機収束後、恐慌を引き起こしてしまう可能性も

この失敗が、コロナ危機においても、繰り返される可能性があるのだ。IMF(国際通貨基金)が、コロナ危機収束後の財政出動の必要性を説いたのも、おそらく、この世界恐慌の教訓を踏まえてのことと思われる。『MMTが日本を救う』(宝島社新書)。書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします

だが、わが国では、健全財政論者からは、すでにコロナ危機収束後の増税を求める声があがっており、また政府も、依然、プライマリー・バランス黒字化目標という財政規律を撤回していない。なにせ、昨年、過去2度の消費増税の失敗にも懲りず、国内外の景気が後退している中で、消費増税を断行した国である。コロナ危機収束後、愚かな緊縮財政によって恐慌を引き起こしてしまう可能性は、決して低くはない。

しかし、もし本書が広く読まれ、緊縮財政の過ちが周知されれば、その危機を回避することはできる。そして、本書の処方箋が実行されれば、「失われた30年」からも決別できるだろう。

『MMTが日本を救う』が、日本を救うのだ。