[ワシントン 10日 ロイター] – ミシガン州のある街は、新たな機械を導入して不在者投票の開票速度を速めたいと考えている。
オハイオ州の選挙管理当局は、投票所に新型コロナウイルス対策を施し、有権者や担当職員を安心させたいと考えている。6月の予備選挙で長蛇の列ができて混乱したジョージア州は、もっと簡単に不在者投票を済ませることができる用紙を有権者に送りたいと考えている。
いずれのケースも、実現するための資金がないと選挙運営の当局者は言う。しかし、どれも11月3日の大統領選の結果を左右する可能性がある。
秋に大統領選を控える今年、全米各州で行われた予備選挙によって、ここ100年で最悪の公衆衛生危機下で実施する選挙がいかに困難か、明らかになった。投票所が閉鎖されたり、スタッフが不足したせいで、有権者は長い列を作った。不在者投票用紙を配布するのにもトラブルが起き、開票作業には何日も、場合によっては何週間もかかった。
共和党のトランプ大統領、民主党のバイデン前副大統領が戦う本選挙を前に、こうした問題は解消されるべきだが、今年の大統領選は新たな予算の割り当てどころか、既存の予算の削減に直面している。新型コロナで経済が打撃を受け、税収が急減しているためだ。
ロイターは複数の激戦州で、選挙運営の担当者20人以上に取材した。彼らが口々に懸念したのは、実務上の問題のみならず、選挙プロセスに対する有権者の信頼が損なわれるリスクだ。
「選挙プロセスの完全性を保ち、選挙に携わる職員、そして投票する有権者の安全を確保することの意義は金銭には代えられない」と、ミシガン州ロチェスターヒルズ市の職員で、選挙管理部門の責任者ティナ・バートン氏は言う。2016年、ミシガン州ではトランプ氏が1万1000票に満たない差でヒラリー・クリントン氏を破った。
パンデミック期間中の投票は、より多くのコストが掛かることが今年の予備選で明らかになった。マスクやフェイスシールド、その他投票所のウイルス対策に必要な備品を購入しなければならない。投票用紙を郵送したり、開票作業に必要な費用も膨らんでいる。
いずれの作業も適切に行う上で予算が十分ではないと、多くの職員は言う。選挙に詳しい専門家は、11月に投票する有権者数は過去最高になる可能性が高いと指摘する。連邦議会選、州知事選、州議会選、どれも勝敗の行方が読めない。
無党派の公共政策研究機関ニューヨーク大学ブレナン司法センターのミルナ・ペレス所長は、予算不足が「広範囲で選挙権が損なわれる事態」に繋がる恐れがあると指摘する。「人々が本気で選挙の正統性を疑うリスクが生じている」
連邦議会は3月に可決した「新型コロナウイルス支援・救済・経済保障法(CARES法)」の一環として、各州の選挙実施を支援すべく4億ドルの拠出を承認している。だがブレナン司法センターは、今回のパンデミック下で安全・公正な選挙を行うためには40億ドルが必要と試算しており、連邦政府からの支援はその10分の1にすぎない。
新たな地域に郵便投票システムを導入するには、これまでとは違う投票用紙とセキュリティに配慮した分厚い封筒を調達し、票の仕分け・集計のために高価な機械を新たに購入しなければならない。ブレナン司法センターは、郵送費だけでも6億ドル近く掛かると試算している。
民主党が優位に立つ下院で5月に可決された新型コロナ関連支援法では、州・地方自治体向けの選挙費用支援として36億ドルが計上されている。一部の共和党議員は選挙支援の増額も前向きに検討するとしているが、各州に郵便投票の拡大を認める案には反対しており、共和党支配下の上院で可決される見込みはない。
トランプ氏と共和党は、郵便投票は不正選挙につながりやすく、民主党に有利になると主張する。一方の民主党は、郵便投票の信頼性を貶めようとする行為は、投票所の数が減らされる可能性と併せ、投票率を低下させかねないと訴える。
かつて連邦選挙委員会の共和党メンバーを務め、現在は保守派のヘリテージ財団で活動するハンス・フォン・スパコフスキー氏は、郵便による投票の拡大を試みるよりも、投票所の安全確保に集中するほうが選挙管理当局のコストを抑制できるとみている。
「容易だとは言わないが、こうした人たちが予言しているほど困難にはならないだろう」と、スパコフスキー氏は言う。
選挙向けの連邦補助金を監視する上院議事運営委員会のエイミー・クロブチャー(民主党)上院議員によると、選挙予算は非常に不足しており、たとえば警備のための資金がマスクや消毒剤の購入に充てられているという。
「どちらか一方を選ぶという話ではない。有権者の安全も守らなければならないし、選挙の安全確保も必要だ」と、クロブチャー上院議員は言う。
<「壮大な失敗」になるのか>
新型コロナの影響で、全米の各都市が今後3年間で計3600億ドルの歳入減が見込まれる。そのため一部の地方自治では、すでに選挙関連予算の縮小を進めている。
6月9日に予備選を実施したジョージア州は、すべての有権者に不在者投票を呼びかける通知を送付した。地元メディアが報じた当局者の話によれば、かかったコストは少なくとも500万ドル。予備選の投票率は過去最高に押し上げられた。ジョージア州は長年、共和党の強固な地盤だが、世論調査によると今年11月の本選では接戦が予想される。
ブラッド・ラフェンスパージャー州務長官(共和党)は州議会議員に対し、医療体制の崩壊危機によって「州の財政がかなり切迫している」とし、11月も不在者投票を呼びかけるには予算が不足していると告げた。ラフェンスパージャー氏はインターネットで呼びかけを行うつもりだ。
ジョージア州郡選挙担当者協会のデイドア・ホールデン副会長は、州内のほとんどの郡は郵送で不在者投票を呼びかけるだけの資金が不足していると語る。
「連邦議会が動かなければ、私たちは壮大な失敗を再び目にすることになるだろう」と、ホールデン氏は言う。無党派のホールデン氏は、アトランタ郊外にある共和党優位のジョージア州ポールディング郡の選挙監視人を務めている。
ペンシルバニア州フィラデルフィアでは歳入の減少に伴い、3月上旬の州政府案で2250万ドルとされていた選挙関連予算を1230万ドルに縮小した。同市における選挙はペンシルバニア州で決定的に重要になる可能性がある。2016年の前回大統領選でトランプ氏が1ポイント以下の僅差で勝利を収めたが、州内で有権者登録している民主党員の約5分の1はフィラデルフィア在住だ。
7月10日、秋に大統領選を控える今年、全米各州で行われた予備選挙によって、ここ100年で最悪の公衆衛生危機下で実施する選挙がいかに困難か、明らかになった。新型コロナウイルスの感染拡大で実施が遅れた予備選の投票に並ぶ有権者。6月9日、ジョージア州ユニオンシティで撮影(2020年 ロイター/Dustin Chambers)
フィラデルフィアはCARES法に基づく補助金を約75万ドル受け取る見込みだが、市の選挙管理部門のトップを務めるリサ・ディーリー氏によると、6月2日に実施した予備選のために、補助金を上回る額を使ってしまったという。
ラベラ・スコット氏は、オハイオ州ルーカス郡の選挙管理委員長を務めている。オハイオ州は2008年と12年の2度の大統領選で民主党のオバマ氏を選んだが、2016年はトランプ氏を支持した激戦州であり、ルーカス郡はトリードを含む民主党寄りの地域だ。
郡当局はスコット氏に対し選挙関連予算を20%削減するよう要請しており、アクリル樹脂製のフェースガードなど、郡内に設けられる予定の300カ所以上の投票所で用いる安全備品の一部については購入を断念した。
「現実的に、私たちが負担できるコストではない」と、彼女は言う。
スタッフの確保もスコット氏が懸念している点だ。選挙事務に従事していた高齢者からは「今年はウイルス感染が怖いので手伝えない」と謝罪するグリーティングカードが送られてきたという。
<結果は当日どころか…>
投票率の向上をめざす活動家や選挙の専門家は、数カ月前から「選挙に混乱が生じると、有権者が結果に疑念を抱くようになりかねない」と警告してきた。さらに悪いことに、結果判明が遅くなると、一方の候補者が先走って勝利を宣言してしまう可能性もある。
連邦政府から新たな資金援助がなければ、ミシガン州の一部の選挙管理委員会では開票作業を効率化する機械を購入できない、あるいは郵送による投票にかかる費用をすべて負担できなくなる、と同州のジョスリン・ベンソン州務長官は言う。
ベンソン州務長官は6月、下院議員らに対し、ミシガン州は4000万ドルの連邦予算を必要としていると訴えた。CARES法によって同州に割り当てられる予算は1100万ドルだ。
「つまり、選挙当日の夜からかなり経ってからでなければ結果が判明しない可能性がある、ということだ」と、民主党のベンソン州務長官はロイターの取材に対し、電子メールで回答した。
ミシガン州デトロイト郊外のピッツフィールドの職員ミシェル・アンザルディ氏によると、現行の開票機械では、1票を処理するのに3─5秒かかるという。1分間に100票以上処理できる新型は、1台10万ドルだ。予算が底を突きそうな状況下、時間をかけて開票するしかない。
「当日の夜10時に開票結果を出すどころか、いつ結果が出るか分からないとい事態になりかねない」と、アンザルディ氏は語る。
(翻訳:エァクレーレン)