- 半導体業界にとっての課題は「テクノナショナリストのトレンド」
- 業界に戦略上極めて重要な要衝「チョークポイント」が生じている
8月のとても暑い日だった。オランダの半導体製造装置メーカー、ASMLホールディングが約1600万ドル(約17億円)をかけて台湾南部の台南に建設したトレーニングセンターの開所式が行われ、当局の高官や業界幹部が集まった。
最新工場に100億ドル以上を投じる業界にとっては小さな施設だが、その戦略的意味は大きい。ASMLの製造装置で最先端の半導体を製造するエンジニアを訓練することのできるオランダ国外では2つしかない施設のうちの1つだからだ。もう1つは米国の同盟国、韓国にあり、米政府は同じ技術が中国に決して渡らないように懸命に取り組んでいる。
米中間の対立が常態化する中で、中国共産党指導部は国内テクノロジー産業の発展を盛り込んだ5カ年計画を立案する。特に重視しているのが半導体製造能力だ。政治がこの分野のビジネスモデルを揺るがす中で、米中のみならず欧州や日本も先端技術の囲い込みを図ろうとしている。
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米国半導体工業会(SIA)のジミー・グッドリッチ副会長(グローバル政策担当)は、「各国政府が自国のデジタルインフラの安全性とサプライチェーンの強靭(きょうじん)さへの懸念と関心を強める新たな世界にわれわれはいる」と指摘。「半導体業界にとっての課題は、世界中の幾つもの首都で勢いを増しているテクノナショナリストのトレンドだ」と語る。
半導体生産の世界的リーダーになるという中国の計画を阻止しようとトランプ政権下の米国が探る中で、これまで高度にグローバル化していた業界に地政学で言うところの戦略上極めて重要な要衝「チョークポイント」が生じている。
民主主義の台湾に中国は敵対姿勢を強めるが、半導体受託生産の世界最大手にして米アップルの頼れるサプライヤーである台湾積体電路製造(TSMC)こそ、米中がせめぎ合う場だ。TSMC創業者の張忠謀(モリス・チャン)氏によれば、同社は「全ての地政学プレーヤーが確保したい縄張り」になった。
新しいトレーニングセンターからわずか数キロ先に、TSMCは最先端の半導体を製造する「ファブ」を建設中だ。米国が課した輸出規制のため、中国の華為技術(ファーウェイ)がもはや入手できない製品だ。以前はTSMCにとって2番目に大きな顧客だったファーウェイだが、同社向け出荷は9月に止まった。
ただ、中国は世界最大の半導体市場で、販売される全半導体の半分余りが中国向けだ。その桁外れの需要のため影響力も大きく、米クアルコムは2018年に中国の独占禁止法当局から承認が得られずオランダのNXPセミコンダクターズ買収を断念した。
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中国政府にとって、半導体産業を支援する5カ年計画は原爆プログラムと同じほどの戦略的重要性を持つことになる。「輸出管理法」を今月17日に成立させた中国が、米国に反撃するため、半導体生産に用いられるレアアース(希土類)の輸出規制に踏み切るとの観測も浮上している。
「デジタル主権」促進の必要性を唱える欧州連合(EU)の欧州委員会は、300億ユーロ(約3兆7000億円)規模の対策を探る。世界の半導体市場における欧州のシェアを、現在の10%未満から20%に引き上げるのが狙いだ。
日本もまた国内の半導体生産体制強化を目指している。今年5月と6月、日本に投資するようTSMCを説得するため少なくとも1組の代表団が台湾を訪れた。この台湾訪問を知る関係者が匿名を条件に明らかにした。TSMCは米アリゾナ州に120億ドル規模の半導体工場を建設すると5月に発表した。
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今や地政学は業界幹部が取り上げる議題の1つだとSIAのグッドリッチ副会長は説明する。だが、第5世代(5G)移動通信ネットワークと人工知能(AI)を巡り市場はさらに大変動を迎える可能性が高いとみている。
同副会長は完全なデカップリング(切り離し)は米国の競争力を損ね中国も傷を負うとともに、研究開発に向かう資金が減り、イノベーション(技術革新)が鈍る公算が大きくなると予想。「米中分断の世界は誰にとっても良くない結果」と考えている。
原題:The U.S.-China Conflict Over Chips Is About to Get Uglier(抜粋)