[東京 26日] – J.P.モルガンは今週、来年末までの為替相場予想を公表した。その中でドル/円相場に関しては100円を割り込み、98円まで下落するとの予想を示した。米国の追加経済対策は来年1─3月期の終わり頃まで合意が得られないとみているため、米国の1─3月期の実質国内総生産(GDP)成長率はマイナスとなる見通しだ。
しかし、1兆ドル程度と予想される追加経済対策は4─6月期以降の成長を高めることになり、また、来年後半はワクチンが広く配布され、経済活動も次第に回復の度合いを強めていくことになるだろう。
このように想定される経済環境の中でも、米連邦準備理事会(FRB)が利上げを必要と感じるところまでインフレ率が上昇しなければ、利上げ期待も高まらないだろう。その結果、「経常赤字国の米国が名目政策金利をゼロ、実質金利はマイナス」という状況は続くので、米ドルが少なくとも対円で下落するトレンドは、来年も続くと予想される。
国際金融危機(GFC、リーマンショック)からの回復過程では、FRBは約7年間政策金利をゼロ%に据え置いた。その最初の約2年半程度(2009年3月─2011年7月)の間に、米ドルは名目実効レートベースで約18%程度下落した。今年は4月以降、まだ10%程度しか下落していない。しかも、GFC後の回復過程に比べ、現状の米10年金利は現在3分の1程度の水準しかない。
また、インフレ率の影響を取り除いた実質実効レートでみると、現在の米ドルの水準は2011年7月につけたボトムと比べて24%も割高である。米国の実質金利のマイナス幅は当時よりも深く、経常赤字の対GDP比は同程度だ。米ドルのファンダメンタルズは当面弱い状況が続く。
一方で、円は現状の割安度合いを維持できないだろう。円は実質実効レートベースでは、依然として過去30年間の平均に比べ20%程度割安となっている。今年の年初までは積極的な対外直接投資と対外証券投資により、円の割安度合いは維持されてきた。
だが、新型コロナウィルス感染が世界的に拡大している中で、日本企業の対外直接投資は過去最大を記録した昨年のペースに比べて、既に半分以下に落ち込んでいる。
また、世界の金利が軒並み低下し、日本との差が大幅に縮小する中で、円売りを伴う対外証券投資も縮小せざるをえないだろう。日米実質金利差、円の名目実効レート、日本の名目長期金利を変数に用いたモデルによると、日本からの対外証券投資フローは今年に比べて半減する可能性があることを示唆している。
日本の新型コロナウイルス感染者数は欧米などの先進国と比べると極めて少なく、2021年は近隣の北アジア地域と同様に日本の経済回復が見込まれている。しかし、インフレ率に関しては低位のままとどまる見込みであり、G10諸国と比較して相対的に円の実質金利が魅力的になっている。
この結果、日米実質金利差は大きくマイナス方向に拡大しており、ドル/円相場が大幅に円高方向に動くリスクを示唆している。
各国の金利差が無くなり、先行き不透明感から対外投資が以前に比べれば手控えられる状況の下で、来年の円相場は、これまでのようにリスクセンチメントによる影響より、ファンダメンタルズから受ける影響の方が大きくなるだろう。
依然として高水準の経常黒字、これまでの旺盛な対外投資によって維持されてきた割安な水準、実質金利の上昇などの観点からすると、2021年に円が上昇する可能性は比較的高いと考えられる。
世界的な株価上昇が続く中で、ドル/円相場と日経平均株価の相関は今後も崩れたままの状態となるだろう。J.P.モルガンは来年もドル/円相場の下落トレンドと日経平均株価の上昇トレンドは並立すると予想している。
FRBがゼロ金利政策を採用している時、いわゆるリスクオン相場の状況では米ドルの方が円よりも弱くなるため、ドル/円相場は下落する。従って、来年もリスクオンの環境の中でドル/円相場が下落するため、ドル/円相場の下落よりも、世界のリスクテイク志向の改善が日経平均株価を押し上げるだろう。
これはGFC以降の2009年3月から2011年7月にも見られたみられた現象だ。ドル/円相場はこの間100円から76円まで下落したが、日経平均株価は50%程度上昇している。
来年のドル/円相場は、過熱感や悲観的な見方がなく静かに100円を割り込むことになるだろう。
(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。