来年1月のバイデン政権発足を前に、重要ポストがそろいつつある。ただ、日本にとって要注意と評される人物もおり、その1人は、国内政策担当の補佐官に任命されたスーザン・ライス氏だろう。彼女の発言を振り返れば、日本軽視と言えなくもないからだ。「チームバイデン」の危うさを読む。
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ライス氏は、オバマ前大統領時代に国連大使や国家安全保障問題担当の大統領補佐官を務めた「外交のプロ中のプロ」だ。当時副大統領だったバイデン氏との個人的な信頼関係もあり、副大統領候補や国務長官候補に浮上していた。黒人であることも多様性を強調する次期バイデン政権にとっては重要なアピールポイントだった。
では、なぜライス氏を国内政策担当の補佐官に任命するのか。同氏の外交政策での経験を考えると、予想外の動きだ。ただ、これは、共和党側がライス氏の外交手腕に大きな疑念を持っているため、という一言に尽きる。象徴的なのは、2012年9月にリビア東部ベンガジで米領事館が襲撃され、米国大使を含む4人が殺害された事件についての対応があまりにもまずかったという批判だ。国連大使だったライス氏は複数メディアに登場し「自然発生的なデモが暴走したもの」という見解を繰り返した。
第3期オバマ政権?
だが、実際には、リビアではイスラム過激派による襲撃計画があり、米国大使らが警備の増強を要請していたにもかかわらず、オバマ政権が放置していたことが判明。オバマ氏は再選を目指す選挙戦の最中で、「選挙にマイナスにならないようにするため対応が遅れ、真相を隠したのでは」と批判が相次いだ。
12年の大統領選でオバマ氏は再選を果たすが、上院での承認時に共和党から激しい反発が出ることが予想され、ライス氏は国務長官ではなく、承認がいらない国家安全保障問題担当の大統領補佐官に納まった。まさに今回も、そのときのデジャビュ(既視感)のようだ。
バイデン新政権の閣僚や任命ポストの多くは「また昔の人」といった選び方が特徴で、オバマ政権で要職だった人物ばかりだ。まるで「team of repeats(リピーターのチーム)」という表現がぴったりで、あとはオバマ氏が加われば「第3期オバマ政権」である。ライス氏重用にはこうした背景もあるのだろう。
ところで、日本の外交関係者の中にはライス氏を蛇蝎(だかつ)のごとく嫌う人がいる。東アジアの安全保障に関わるこれまでの発言が、ことごとく的外れだったためだ。ライス氏の甘いと言わざるを得ない東アジアの現状認識が明らかになったのは、13年11月、ジョージタウン大でオバマ政権のアジア・太平洋政策について語った演説だ。
安全保障担当補佐官だったライス氏は「米中は新たな大国関係を機能させようとしている。競争は避けられないが、利害が一致する問題では協力を深めていく」と述べた上で、「中国とは新たな大国関係を機能させようとしている」と中国の習近平国家主席が提唱した太平洋分割論を容認したような発言をした。
習氏は同年6月、オバマ大統領との首脳会談で「太平洋には米中両大国を受け入れる十分な空間がある」と、太平洋を米中で分割支配しようという日米同盟を完全否定する提案をしていたのだ。さらに、ライス氏は講演後の質疑で尖閣問題を問われ、「米国は主権の問題には立ち入らない」と、尖閣が日本の施政権下にあるという、これまでの米政府の公式見解から後退した発言もしている。
引き続き注意が必要
米国にとって中国は競争者であるが敵対者ではない、というのがライス氏の持論のようで、その後も同じ論を繰り返してきた。さすがに最近では考えを改めたかもしれないが、「中国は近隣諸国を不法占領しているわけでもない」と言い出したこともある。とはいえ、ライス氏が外交政策に直接関与しないポストに就くことになったため、日本にとっては「まずはよかった」といえるのかもしれない。
ただ、内政の中でも外交に関連するようなものも今後出てくるだろう。特に分極化が激しい国内政治の状況を考えると、内政の観点からさまざまな外交政策が再定義されてしまいかねない。中国に対する気候変動対策などがその象徴だ。ライス氏の発言については、日本は引き続き注意が必要といえよう。
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【プロフィル】前嶋和弘(まえしま・かずひろ)
上智大総合グローバル学部教授。昭和40年、静岡県生まれ。同大外国語学部卒、メリーランド大大学院政治学部博士課程修了。専門は現代アメリカ政治。著書に「危機のアメリカ『選挙デモクラシー』」(共編著、東信堂)など。
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