【ブリュッセル時事】欧州連合(EU)が、難航を極めた英国との自由貿易協定(FTA)締結交渉で合意した。初めてEUを離脱する加盟国との新たな関係を構築する交渉は、EUにとって欧州統合の意義を死守する闘いとなった。
◇いいとこ取り拒否
「ついに英離脱問題から離れられる。欧州は前進を続ける」。フォンデアライエン欧州委員長は、2016年の英国民投票に端を発した離脱問題の混迷を決着させた24日の合意後、記者会見で安堵(あんど)の表情を見せた。
17年に始まった離脱協定や貿易協定をめぐる一連の交渉は、経済や市民への悪影響や、他の加盟国の離脱連鎖を防ぐ「ダメージの抑制」(バルニエEU首席交渉官)が全てだった。
最も重視したのがEUの「単一市場」の保護だ。単一市場は、さまざまな規制を統一して域内の国境を取り除き、物やサービスの移動の自由を実現する欧州統合の根幹。英国にその「いいとこ取り」を許さぬよう、バルニエ氏は「絶対に妥協しない」と繰り返した。
EUは特に、英国が補助金や労働、環境などの規制水準を切り下げ、安価で低品質の製品を関税ゼロでEUに輸出して域内の企業が不利になる事態を警戒。関税ゼロを維持する条件として、英国の規制水準をEUに合わせ、公平な競争を保つよう迫った。
「主権を取り戻す」と訴えるジョンソン英首相はこれに反発。逆に譲歩を引き出そうと交渉打ち切りもちらつかせる瀬戸際戦術を展開したが、EUはバルニエ氏に交渉を一任して結束を貫き、方針が揺らぐことはなかった。
年末の「完全離脱」が迫り、決裂による経済混乱への懸念が高まる中、英国は最終的に譲歩した。高水準の規制維持を約束し、逸脱した場合にEUが関税で報復できる仕組みを受け入れた。
EU側も、当初求めたEU司法裁判所の関与やEU規制の直接適用は断念するなど譲歩したが、フォンデアライエン氏は「必要な安全策を得た」と強調。加盟国からも「欧州の結束と固い決意は報われた」(マクロン仏大統領)との声が上がった。
◇コロナも契機に
交渉の最終局面では、英国からの新型コロナウイルスの変異種流入を阻止するため、フランスが英仏海峡の往来を停止し、英国と欧州大陸との物流が途絶した。英国内で食料不足の懸念が高まり、貿易額の約5割を占めるEUへの依存度が浮き彫りとなった。
「離脱が何を意味するのか、これで理解するだろう」(欧州議員)との皮肉も聞かれるなど、こうした新型コロナをめぐる状況の悪化が妥協を促したとの見方もある。また、一連の難交渉では、加盟国が離脱した場合に直面する現実の厳しさが明らかとなり、EU域内で英国に追随しようとする動きが一時より沈静化する効果も生んだ。
新型コロナの感染拡大によって、EUの共同体としての存在意義も問われた。EUではコロナ危機が始まった当初、加盟国の足並みの乱れが目立ったが、7月には7500億ユーロ(約95兆円)の共通資金を調達して苦境に陥る加盟国を支援する経済再建策に合意。最大の受益者が、昨年までEU懐疑派の極右政党が連立政権の一角にいたイタリアなのは象徴的だ。
しかし、EUのさらなる統合深化に向けては加盟国は必ずしも一枚岩ではない。各国のEU懐疑派勢力は今も根強くあり、結束の真価が問われるのはこれからだ。