日本人初、アジア初の快挙だ。松山英樹が2021年のマスターズで優勝した。きょう日本のゴルフ史に新たな1ページが刻まれた。松山は言う。「日本人でもできる」。優勝の瞬間アナウンサーの声は涙で震えていた。解説の中島常幸は感涙に咽び泣いて声がでなかった。ゴルフ関係者の誰もが待ち望んでいた瞬間だろう。それを松山は苦しみながら実現した。10年前、2011年、東日本大震災が襲った時松山は、東北福祉大学に在籍していた。その年の4月のマスターズ。松山はアマチュアとして参戦し、ロー・アマチュア(アマチュア選手最高成績)のタイトルを獲得している。挨拶で「再びここに戻ってくる」と内外に宣言したのは今でも語種だ。あれからこの日のために練習に明け暮れる日々を過ごした。落ち込んで潰れそうになりそうな時もあった。だが彼は自分の公約を10年かけて実現した。

世界中がコロナウイルスの変異種に恐れ慄いている。松山は自然災害と不思議に縁があるような気がする。3日目を終わって2位と4打差。それでも一抹の不安を感じながら朝テレビのスイッチを入れた。2位タイグループと5打差をつけていた。ひょっとすると、テレビ桟敷で期待感が膨らんだ。だがドラマはそこから始まった。2位グループから抜け出したシャウフェレの猛追が始まったのだ。優勝を意識した緊張感からだろうか、松山のショットも少しずつぶれ始める。12番ショート、松山ボギー、同じ組みで回っているシャウフレ、バーディー。差は4打に縮まる。続く13番はともにバーディー。ボギーの後にバーディーを取り返した松山に精神的な強さを感じた瞬間だ。普通ならこれで優勝が見えてくるのだが、2位のシャウフレは14番もバーディー。これで3連続バーディーの3打差。そして続く15番に悪魔が潜んでいた。

ロングホール、バーディー狙いの松山のティーショットは完璧。シャウフェレはフェアウェー左。ツーオン狙いの松山が手にしたのは今大会絶好調のアイアン。力んだのだろう。グリーンをオーバーして奥の池に飛び込む。万事窮すか。解説の中島は「ボギー狙い」と祈るような解説。いま思えば、ガタガタと崩れておかしくないこの場面、松山は冷静だった。ボールをリプレースした後グリーン手前のラフにボールを運んだ。ここで無理をするとグリーンをオーバーしダブルボギー以上の可能性があった。松山は中島の忠告通りここを冷静にボギーで収めた。シャウフェレは4連続バーディーで2打差。松山の背中に悪魔が取り憑いたかのような雰囲気。だが、16番にもう一つのドラマが待っていた。2打差に追い上げたシャウフェレがなんと池ポチャの3オーバー。白熱のドラマはここで静かに幕を閉じた。極度の緊張感の中で崩れそうで崩れなかった松山。彼のこのパフォーマンスこそが無言のメッセージなのだろう。