財務省の矢野康治次官が8日発売の月刊誌「文芸春秋」に衆院選や自民党総裁選を巡る経済対策などの論争について、「バラマキ合戦」と寄稿したことが波紋を広げている。岸田首相らは静観しているものの、衆院選を直前に控える中の財務省事務方トップの異例の発信に、与党内からは不快感を示す声も出ている。

 「議論として、色んな考え方、意見は当然あっていい。いったん方向が決まったら、しっかりと協力してもらわなければならない」

 首相は10日のフジテレビの番組でこう述べた。松野官房長官も11日の記者会見で「財政健全化に向けた一般的な政策論について私的な意見を述べたものだ」と受け流した。

 4日に発足した岸田内閣は、新型コロナウイルス禍で「必要な財政支出はちゅうちょなく行う」と訴え、衆院選後にまとめる経済対策で、事業者や子育て世帯などに給付金を支給する方針を打ち出している。矢野氏の寄稿は、これら衆院選のアピール材料に冷や水を浴びせた形となった。

 矢野氏は寄稿で、日本の財政状況を「(沈没した英国の豪華客船)タイタニック号が氷山に向かって突進しているようなもの」と表現し、将来的な財政破綻に警鐘を鳴らした。首相が総裁選で掲げた「数十兆円規模の経済対策」にも触れ、「まるで国庫には、無尽蔵にお金があるかのような話ばかりが聞こえてくる」と指摘した。

 矢野氏は主税、主計両局長を歴任した後、今年7月に一橋大出身者として初めて財務次官に就任した。12~15年には、当時官房長官だった菅前首相の秘書官も務めた。省内きっての厳格な財政再建論者として知られ、「政治家が相手でも直言できる人物」と評される。

自民党の高市政調会長は10日のNHKの番組で「大変失礼な言い方だ。基礎的な財政収支にこだわって本当に困っている方を助けない。これほどばかげた話はない」と批判した。自らの政権で積極財政を唱えてきた安倍元首相も「あの論文は間違っている」と周辺に語った。

 公明党の山口代表は「財政を維持する観点からの一つの見識だ」と理解を示す一方で、高校3年生まで10万円相当を給付する同党の衆院選公約に関して「財源の制約も考え、配慮している」と反論した。

 財務省内の反応は様々だ。「堂々と名前を出して厳しい財政の現状を訴えた」と評価する声がある一方、「なぜ、衆院選を前に混乱を招くような行動を取るのか」と、異例の発信に首をかしげる者もいる。

 自民党幹部は「政府内で主張すればいい話だ。対外的に発信すれば、政権の統治能力が疑われる。役人ののりをこえている」と指摘した。