きのうカナダの「Freedom Convoy」を調べているときに初めて知ったのだが、改変前の政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会には「行動経済学の専門家がいて、緊急事態宣言下での人々の行動変容を促すための施策やワクチン接種のより有効な方法等について議論されていました」(「5分で話せる金融経済」、大江英樹、2021年6月24日)とのことだ。行動経済学は経済学に心理学を組み合わせたもので、人間の行動について群集心理などを応用して解き明かそうとする学問だ。その代表的な考え方が「ナッジ理論」。大江氏によると「2017年にノーベル経済学賞を受賞した米シカゴ大学のリチャード・セイラー教授によって提唱された理論」ということになる。人間の行動は多分に心理的な要素によって影響される。それを解き明かし活用しようという学問だ。

ナッジとは「『肘でつつく』とか『背中を押す』という意味合いであり、人々を強要するのではなく自然に良い方向へ誘導し、自然な形で行動変容を促すようにするための理論」(大江氏)だという。有り体に言えば強制ではなく、まるで自分で判断したかのように各自の行動を変えてしまう、それを目指した考え方といえばいいだろう。感染対策として推奨されている三密回避や手指消毒などはみなナッジ理論に基づく行動変容ということになる。英国は「ナッジ理論」を世界で初めて組織的に導入した国だそうだ。2010年に「行動洞察チーム」が結成され、ナッジベースで政策立案が行われているという。このチームは現在政府から独立して、政策推進のアドバイスをしているようだ。日銀の黒田総裁は時々、デフレ気味の日本経済について行動経済学的視点から解き明かそうとする。知らない間に行動経済学は我々の生活の中に浸透しているようだ。

問題はある。使い方によってナッジ理論は良くも悪くもなるということだ。パンデミック対策として一般的になっているのは①ウイルスの恐怖を煽る②マスクをしないのは社会的な不正義という雰囲気を作り出す③政府の対策を受け入れるよう同調圧力を高める。通常はこんなプロセスを経て感染対策が推進される。それはそれで致し方ない面もある。ゼロコロナを目指す中国のように強制的、強権的に感染対策を押し付けるよりもはるかにましだ。だが、ナッジのさじ加減は意外に難しい。世界各地で繰り広げられるマスクの義務化に反対する運動がそれを象徴している。反対派にすればマスクの義務化は、個人の自由に対する権力の強権的介入ということになる。英国は義務化をとり止めた。多くの国も義務化を取り下げるだろう。マスクを主体的に受け入れる日本は為政者にとっては天国のような国だ。その国の政権がもたついている。どうしてだろう・・・。