中国で異例の3期目入りを果たした習氏の隣に座っていた前指導者・胡錦涛氏が、会議の途中、突然退場させられました。
その一部始終をNHKのカメラはとらえていました。
退場の本当の理由とは何だったのでしょうか。
(中国総局 海津悠紀カメラマン、国際部 関谷智記者)
カメラの調整を始めようとした瞬間・・・
その退場劇が起きたのは、今月22日。中国・北京の人民大会堂で行われた中国共産党大会の最終日でのことでした。
私が撮影を許されたのは、党の幹部205人の中央委員が選出され、習近平氏に近い人物が多く登用されたあとでした。
メディアは議場の外で1時間以上待たされ、ようやく入場が認められました。競い合うように、何とか最前列の良い撮影位置を確保しました。
三脚を置き、カメラの調整を始めようと思ったその瞬間。壇上の真ん中で、誰かが腕をつかまれているのが目に入りました。私は反射的に撮影ボタンを押しました。
男性に腕をつかまれていたのは胡錦涛前国家主席でした。
胡前主席は、隣に座っている習主席の前に置かれた文書を自分の方に引き寄せようとし、それを習氏に制されているように見えます。
画面右に見える序列3位だった栗戦書氏は少し笑顔を浮かべながら、胡氏の肩に手をあてたり、胡氏の資料を片付けたりしていました。
撮影開始から26秒。胡氏は腕をつかまれながら立ち上がりました。ただ、自席に再び座ろうとするなど、自席から離れないまま20秒がたちます。
なかなか退場しない胡氏を見ながら、落ち着かない様子の栗氏。栗氏が立ち上がって何かしようとすると、その隣に座っていた序列5位の王滬寧氏(新指導部では序列4位)がすぐさま栗氏の上着を引っ張り座るよう促しました。
この間、習氏はほとんど表情を変えません。
退場したくないと言わんばかりに、関係者の腕を振り払おうとした胡氏。撮影開始から1分11秒。ようやく胡氏は説得されて自席から動き始めました。
習主席の横で立ち止まり、何かを話しかけます。これに対し、習主席が短く応答。
そして、李克強首相の肩を軽くたたき、その後は関係者に腕をつかまれたまま、会場を出て行きました。
この模様は外国メディアを通じて瞬時に世界に衝撃を与えました。
その日の深夜になって、国営の新華社通信は、英語版のツイッターで「胡前主席は最近、療養中だったにもかかわらず党大会に出席し、体調が悪くなったため、大事をとってスタッフが部屋で休ませた。いまはかなり良くなっている」と伝えました。
憶測を呼んだ背景にある“胡錦涛氏に近いメンバーの冷遇”
体調の問題が退場の本当の理由なのでしょうか。今回の共産党大会では、李克強首相など“胡錦涛氏に近いメンバーが冷遇”されたこともあって、さまざまな憶測や見方が飛び交っています。
▼李克強首相は、今回の人事で、7人の最高指導部メンバーはおろか、200人ほどの中央委員にも入らず、党の要職から退任することになりました。
▼また、「次世代のホープ」とも言われ、最高指導部入りの可能性がたびたび指摘されていた胡春華氏は、最高指導部に昇進するどころか、トップ20人あまりの「政治局委員」から外され、降格しました。胡錦涛氏、李克強氏、胡春華氏は、いずれも共産党の青年組織・共産主義青年団の出身です。関係が良いと言われていました。
今回の“退場劇”をどう見るか。
日本で長年中国政治を見続ける2人の研究者にそれぞれの見方を聞きました。
胡錦涛氏が人事に不満を表明 習近平氏が状況を作り上げた可能性も
東京大学大学院の高原明生教授
高原教授は、本当の理由はわからないとした上で、体調問題も含めた3つの可能性をあげています。
「いくつかの可能性がある。
1つ目は、もちろん、胡錦涛氏の体調を考慮しての対応という可能性。実際に体調が良くないようにも見える。
2つ目は、胡錦涛氏が今回の人事に満足しておらず、その不満を態度で示した可能性。おおっぴらに不満を示すと党を分断する行為となり、良くは思われない。胡錦涛氏なりのやり方で不満を表明した可能性もある。
3つ目は、それとまったく逆だが、習氏が、党内部の人々に対し『胡錦涛の力はもはや党内にない』と示すためにこの状況を作り出した可能性もある」
重要なのは退場の影響 「権威ある習氏というイメージを与えた」
愛知県立大学 鈴木隆准教授
「何があったのかは正直わからない。ただ、少し視点を変えてみると、重要なのは、この出来事が習氏にとって何を意味するのかということだ。
前の総書記でさえ『退出させられたかも?』という印象を多くの人に与えた。
それくらい、現状で今の習近平氏の指導部内における力が強いということを天下に示したということ。そして、それが、衆人環視のもとで行われた。
最高指導者は、理不尽とも言える権力の発動や強制力の発動、時には、周りに恐怖や畏怖を与えたり、信頼感やあきらめといった感情を植え付ける必要がある。
事前に計画されていたのか、突発的なのかは不明だ。ただ、今回の退出劇は、周りで見ていた共産党幹部や国民に対して、習氏が大きな権力・権威を持っているリーダーなんだというイメージを確実に与えた。この意味で、大きな効果を持った出来事だと思う」
(取材後記)反射的に押した撮影ボタン 記録した1分40秒
絶対に良い撮影位置を確保しなければならない-。
私たちカメラマンにとって、5年に1度の共産党大会はプレッシャーのかかる取材です。実際、閉会式の取材を希望していたメディアの数は多く、議場前にできたメディアの列は100メートル近いように見えました。
こうした中で、指導部たちの顔を確実に撮影できる場所に真っ先にたどりつかなければならないのです。
今回の党大会では、まず当局が用意したメディア用のバスで天安門広場の一角に向かい、降ろされます。まさに、そこからが勝負。会場となっている人民大会堂までの1キロ近い距離を、重さ30キロものカメラ機材を担いで走るのです。
途中セキュリティーチェックを通りながらも、前から10番目くらいの位置をキープしたまま、習近平主席らがいる議場前の扉に着きました。
山岳カメラマンとしてかつて培った脚力には自信がありましたが、ゼロコロナ政策を進める中国にあって、マスクを外すわけにはいきません。マスクを外して呼吸をすると、近くの保安係に注意されるので、周りのカメラマンたちも酸欠で苦しそうでした。しかも、水の持ち込みも認められていません。待機場所に給水エリアがありましたが、列を離れると割り込まれる恐れがあるので、我慢しました。
閉会式は午前9時に始まり、2時間が過ぎたころ、ようやく入場が許されました。当然、開門と同時に議場の中でも、すべてのカメラマンが「われ先に」と最前列の良い場所を狙います。私も周囲のカメラマンの動きを見つつ、最短距離でなんとか良い撮影位置の確保に成功しました。
しかし、場所を確保できたという安堵感はほんの数秒で吹き飛びました。三脚を置いてカメラの調整をしながら、ふと壇上に目をやると、胡前主席のもとに黒服の係員が近づきながら腕をつかんでいる様子が目に入りました。不穏な空気を感じ、私は反射的にカメラの撮影ボタンを押しました。
撮影で心がけたのは胡前主席の隣にいる習主席や、周りの幹部たちの表情や動作が見えるサイズにすること。そして静寂な空間で行われていることを映像で強調したかったため、あえてボイスリポートを入れずに撮影しました。胡前主席が退場し姿が見えなくなるまでの撮影時間はわずか1分40秒ほど。緊張感のある時間でした。
中国政治は内部の情報が外に漏れ伝わることが多くありません。だからこそ、今回のように、時にかいま見えるこうした光景を映像で記録することに意味があると感じます。今週23日には、習近平氏が率いる新たな最高指導部が発足しました。
制限も多く、「カメラマン泣かせ」の現場が多い中国。なかなかチャンスが多くないかもしれませんが、こうした緊迫感のある現場をレンズで狙っていきたいと思っています。