朝3時半に起床、着替えを済ましてテレビの前でキックオフのホイッスルを静かにまった。初戦のドイツに歴史的な勝利、日本中が「ドーハの歓喜」に沸いた。引き分け以上が期待されたコスタリカ戦は、大方の期待を裏切って敗北。決勝トーナメント進出は最終戦のスペインに持ち越されるという最悪の展開。「歓喜」は一瞬にして「悲劇」に逆戻り。サッカーというゲームの難しさを改めて浮き彫りにした。勝つ以外に予選リーグを自力突破できなくなった日本。最終戦の相手はワールドカップ優勝4回、強豪のスペインだ。今大会の優勝候補でもある。そんな相手に戦いを挑む。日本に勝ち目はあるか。28日付の当欄で活路は“危機的状況”にありと書いた。前半を終わって0−1と先行された日本、状況はまさに“危機的”だった。あと1点取られていたらおそらくジ・エンドだっただろう。そこから巻き返した日本。勝因は前半の危機を1失点で乗り越えたチーム全員の「強い気持ち」だろう。

中継を担当したのはフジテレビだ。T V局自体が決勝トーナメント進出の興奮に沸いていた。そんな中でコスタリカ戦に敗北した後の全体ミーティングが映し出されていた。そこで森保監督が強調したのは「強い気持ち」だった。その趣旨は以下のようなものだ。「根性論を言うつもりはないが、コスタリカ戦は勝ちたいという相手の気持ちの方が優っていた。みなもわかっていると思う。勝つためには相手より強い気持ちが必要だ」。ここまで来ると技術論でも戦術論でもない。勝敗を左右するのは「気持ちだ」と強調している。同点ゴールを決めた堂安の試合後のインタビュー。「あれはもう俺のコース、ぜったい決めてやろうと思った。そういう強い気持ちで打ちました」。堂安はチーム全員の気持ちを代弁したのだろう。ピンチはチャンス。勝つためにはリスクを取る勇気も必要だ。相手が強ければ強いほど危険を覚悟したリスクテイクが重要になる。それを支えるのが「強い気持ち」だ。

森保監督のさりげない一言に時代の大きな変化を感じた。彼は「根性論」ではない、「強い気持ち」と言った。果たして根性論と強い気持ちはどこがどう違うのか。根性論は日本人の一定世代以上が好む精神論だ。「心頭滅却すれば火もまた涼し」に近い。合理性を無視した強圧的な指導理念と言ってもいいだろう。「強い気持ち」はこれとは似て非なるもの、心のありようだ。厳しい練習を通して作り上げた体力や技術の蓄積、組織としての戦略性に相手の長所、短所を知り尽くした戦術、経験など、様々な要素に裏打ちされている。ドーハの悲劇を思い起こしながら、日本代表の粘り強い守備を見ていた。押し込まれても、押し込まれても、持ち堪えた日本の守備。根性論では耐えきれなかっただろう。ここに日本サッカーの進歩を見た。それでもまだ決勝トーナメント進出を決めただけ。次の試合に勝たなければ結果を残したことにはならない。次の試合に勝って初めて日本サッカーの歴史が変わる。