[東京 22日 ロイター] – 長期金利の変動許容幅を広げた日銀の方針転換に市場は不意を突かれたが、政府と日銀はこのタイミングしかないと認識を共有していたもようだ。複数の関係者によると、円安による物価上昇を懸念する岸田文雄政権はかねてから日銀に政策運営の柔軟化を求め、債券市場の機能低下を危惧していた日銀は決定会合の数日前から根回しに入った。
<首相と総裁が会談>
「早くやればいいと思っていた」。日銀が20日、長期金利の上昇を0.5%まで容認する姿勢に転じたことについて、政府関係者の1人はこう話す。
米欧中銀が利上げに傾き、低金利政策を続けた日本は円安に見舞われた。世界的な物価高について年初は「原油高が主因」と静観してきたが、次第に、円安が物価押し上げに拍車をかけるようになった。
7月の参院選で野党・立憲民主党などが金融緩和政策からの脱却を争点化したのに先立ち、国会では、黒田東彦日銀総裁に批判の矛先が向かう場面も増えた。金融政策を巡って「棒を飲んだような対応を取ることで結果的に円安に振れる局面もあった」(首相周辺)とし、政府内には硬直的な姿勢を柔軟化させたい思いもあった。
首相周辺などによると、政府側がその考えを伝えたのは11月10日。岸田首相と黒田総裁はこの日に会談しており、政府と日銀が連携しながら賃上げを伴う経済成長と物価安定2%目標の実現を目指すことを改めて確認した。関係者らによると、首相は「硬直的な政策運用で市場に逆にとられないよう機動的に、柔軟に(金融緩和策を運用する)という政府の考えを伝えた」という。
一方、長期金利の上限を0.25%で抑えるため指値オペを続けてきた日銀は、債券市場の機能が低下していることを懸念していた。日銀が1日に発表した債券市場サーベイの11月調査では、市場の機能度判断DIが2015年2月調査以降で最低となっていた。
別の関係者によると、日銀が許容幅拡大に向けた根回しに入ったのは決定会合の数日前。政策決定に関わる関係者が踏み込んだ対外発言を禁じられる「ブラックアウト期間」に入る直前だった。「審議委員への根回しも直前だったが、反対意見が出なかったのは政府と同様の問題意識を持っていたことの裏返し」と、この関係者は言う。
年明けは1月会合で「経済・物価情勢の展望」(展望リポート)の公表、2月には正副総裁の国会同意人事案の提示を控える。「市場が比較的安定している今が好機。ラストチャンスだった」と、別の政府関係者は語る。
<市場との対話に禍根>
今回の見直しについて、複数の政府関係者は「機動的な運用の1つの形が出た。決して金融政策の変更ではない」と口をそろえる。「今のイールドカーブ・コントロール(YCC)の歪みが社債の起債(企業による資金調達の一種)に影響を与えかねないための手直し。政策自体の筋が変わった、変わり得るということは意味していない」と、首相周辺も語る。
もっとも、市場では唐突な方針転換に驚きを隠せず、5月の参院財政金融委で日銀の内田真一理事が変動許容幅の拡大について「事実上、利上げすること」との認識を示していたことで、動揺が広がった。
野村総合研究所の木内登英エグゼクティブ・エコノミストは「YCCの柔軟化策自体は金融政策の柔軟性を高め、金融緩和の副作用を軽減するものと評価したい」と語るが、16年1月に導入したマイナス金利導入時と同様に「直前まで否定していた政策を突如実施したことで、市場に大きな混乱を生じさせたことは問題」と指摘する。
ピクテ・ジャパンの大槻奈那シニア・フェローはロイターに対し、市場予想がない中での決定を受けて地方銀行が保有する国債の評価損が1兆円超に膨らんだ可能性に言及。市場に対して事前に金融政策の方向性を織り込ませていくことが重要と、大槻氏は言う。
この先正常化に向かうことになった場合、より影響が大きくなることは避けられない。物価目標達成が見えた先に「金融引き締めを行うなら市場と十分対話することが重要だ」と、元政府高官は話している。
(杉山健太郎、山口貴也、和田崇彦 編集:久保信博)