「プーチン氏は自分が皇帝の後継者だと信じている」
ウクライナへの侵攻を続けるロシアのプーチン大統領をこう分析するのは、アメリカでも有数のロシアウォッチャー、アンジェラ・ステント博士です。
まもなく1年となるロシアによる軍事侵攻。
プーチン大統領は今後どう出てくるのか。アメリカはどう対応するのか。話を聞きました。
(聞き手:ワシントン支局記者 渡辺公介 / ディレクター 班目幸司)
アンジェラ・ステント博士とは?
ロシアの外交政策やプーチン大統領の研究が専門で、ジョージタウン大学のユーラシア・ロシア・東欧研究センター長もつとめるアンジェラ・ステント名誉教授。
民主党のクリントン政権から共和党のブッシュ政権にかけて、アメリカ国務省で対ロシア政策の策定に携わり、長年、定期的にプーチン大統領とも懇談の機会を持ってきました。
ロシアやプーチン大統領に関する著書も多くアメリカでも有数のロシア専門家であるステント博士にインタビューしました。
※以下、ステント博士の話
ウクライナ侵攻 プーチン氏の根底には何が?
プーチン氏が過去のロシア皇帝に憧れを持っているのは確かで「自分がロシア皇帝の後継者だ」と信じています。
クレムリンには、ロシア帝国の領土を拡大させたピョートル大帝やエカテリーナ2世の肖像画などが飾られています。
プーチン氏は、ピョートル大帝がスウェーデンを打ち負かしバルト海沿岸の地域をロシア帝国に編入したときのことを引き合いに、ロシアのものだと信じている領土を取り戻すことが自分の義務でありレガシーだと確信しています。
ウクライナはその1つなのです。
なぜ“皇帝”にこだわるのか?
プーチン氏は、ロシア皇帝の伝統の中に自分自身を見いだしています。
その伝統というのは、ロシアの安全を確保するためには拡張こそが非常に重要だとして領土を拡大する「防衛的拡張主義」です。
18世紀、オスマン帝国からクリミアを勝ち取ったエカテリーナ2世は「成長をやめたものは腐り始める。民の安全を確保するため、国境線は遠くへと張り出さなければならない」という言葉を残しています。
もともと歴史に関心があったプーチン氏は、新型コロナウイルスの感染が拡大した2年間、ごく限られた近い人々と隔離生活を送る中で欧米に対する被害妄想を悪化させ、歴史の本を読むことに没頭したようです。
そして2021年7月、「ウクライナ人とロシア人はひとつだ」と主張する論文を書き上げました。
侵攻から1年 プーチン氏は満足しているのか?
それを知る方法はありませんが、明らかにプーチン氏は当初望んでいたものを手に入れられていません。
いま、目の当たりにしているのは非常に残酷な消耗戦です。ロシアとウクライナは一進一退の攻防を続けています。
プーチン氏はウクライナの人たちを威嚇し、屈服させようとしています。
しかしプーチン氏が爆撃すればするほど、ウクライナの人たちの押し返そうという決意はますます固くなっています。
なぜなら、これはウクライナの独立をかけた戦いだからです。
プーチン氏は、ドネツク州、ルハンシク州、ザポリージャ州、ヘルソン州の4つの州について、完全に支配下に置いていないにもかかわらず、併合を宣言しました。
プーチン氏の戦いの究極的な目標はわかりませんが、今の時点では「ウクライナは少なくともこの4つの州をロシアのものだと認めなければならない」と主張しているのでしょう。
なぜ“ナチスとの戦いだ”と訴えるのか?
それ以外に、ロシア国民が目の当たりにしている軍事侵攻による犠牲を正当化する方法がないからです。
プーチン氏は、ロシアのウクライナでの行動を第2次世界大戦でソビエトがナチス・ドイツと戦った時のように描いています。ロシア国民に「これはナチスとの戦いのようなものだ」と信じてもらおうとしているのです。
ところが、ナチスとの戦いでソビエトはドイツに侵略されましたが、今回は誰もロシアを侵略していません。
ロシアがウクライナを侵略しました。ロシアがウクライナを侵略し自国の領土だと主張していることは、まさに1939年にヒトラーがしたことと同じなのです。
ロシア軍の死傷者は18万人に達するという推計もあります。
若者たちをウクライナに送り込み“大砲の餌食”にしていますが、プーチン氏はその犠牲についてなんとも思っていないようです。
ウクライナがクリミアを攻撃したらどうなる?
プーチン氏をはじめ、ロシアの指導者たちは「クリミアはレッドラインだ」と主張しています。
クリミアは2014年、ロシアによって違法に併合されましたが、18世紀以降の一時期、ロシア帝国の領土の一部だったことは間違いなく、ロシアにとって重要です。
一方、ウクライナは最終的にはクリミアを奪還すると公言しています。
多くの人は「もしウクライナがクリミアの奪還を図れば、プーチン氏は戦いをエスカレートさせるだろう」と考えています。しかし、ロシアはすでにウクライナの人たちに対してすさまじい爆撃を行っています。
このため、次の疑問は「プーチン氏は戦術核兵器を使うのではないか」というものです。
その答えは誰にもわかりませんが、プーチン氏がわれわれやウクライナの人たちのクリミアでの行動を制限するために「戦術核兵器を使用するのではないか」と思わせたいことは間違いありません。
核兵器使用の可能性はあるのか?
完全に排除することはできませんが、プーチン氏は人々に“核兵器を使う”と信じ込ませることで行動を抑止しようとしています。
ロシアはおよそ6000発の核弾頭を保有しています。
しかし、核兵器を使うことでロシアは何を得られるでしょうか。必ずしも領土を得ることはできません。
中国とインドはロシアが核兵器を使用することは受け入れられないと警告してきました。
プーチン氏はこうしたことも計算しなければならないでしょう。
核兵器使用 アメリカはどうする?
バイデン政権はロシアに対し「核兵器を使用した場合、どうなるか」何度も警告してきました。
数か月前にはCIA=中央情報局のバーンズ長官がロシア対外情報庁のナルイシキン長官とトルコで会談しています。
詳しくはわかりませんが、アメリカやほかのNATO=北大西洋条約機構の国々からは、核兵器以外の手段を使った対応がなされることは予想できます。ロシアの軍事施設に攻撃する可能性もあります。
停戦交渉の可能性は?
戦況しだいでどんな可能性もあります。
ただ、ロシア側はウクライナが自分たちの要求をすべて受け入れる交渉以外、興味はないでしょう。
そして、プーチン氏はゼレンスキー大統領と交渉するつもりはありません。これはプーチン氏が明確にしています。
プーチン氏が望んでいるのはアメリカが交渉に入ることです。交渉するならアメリカとの交渉を望んでいますが、アメリカは「いつどこで交渉するかはウクライナしだいだ」という立場です。
一方で問題なのは、ウクライナが独立して以来、ロシアがウクライナとの間で結んだ合意を次々と破ってきたことです。
ウクライナが配備されていた核兵器を放棄する代わりに、ロシアなどがウクライナの安全を保障するとした1994年の「ブダペスト覚書」も、ロシアがウクライナとの国境を確認した1997年の友好協力条約も、ロシアは破ってきました。
どんな合意や交渉であっても、ロシアがそれを尊重すること、数年後にロシアが軍を立て直し、再びウクライナを侵略するようなことがない方法で進めなければなりません。
今後、プーチン氏はどう出る?
ロシアはこの春の攻撃を準備していて、それはすでに始まっています。
動員された20万人の兵士を訓練し、ウクライナに派遣するつもりです。おそらく、併合を宣言したドネツク、ルハンシク、ザポリージャ、ヘルソンの4つの州の完全掌握が目標でしょう。
首都キーウの占領には失敗しましたが、プーチン氏はロシアは欧米よりも持久力があると信じていると思います。
もしこの戦いが長引けば、最終的に欧米の足並みは乱れると確信しているのです。
アメリカは中国の問題を抱えていて、ウクライナへの支援は弱まる。これこそが、プーチン氏が期待することです。
アメリカは今後も支援を続けるのか?
バイデン政権も今の時点では、この戦争を終わらせる戦略は持っていないでしょう。
欧米がウクライナへの軍事支援を続ける限り、ゼレンスキー大統領はロシアに対し、反撃できます。欧米はウクライナに戦車を供与することを決め、戦闘機も提供するかもしれません。
しかしアメリカが武器の供与をやめれば、ウクライナはロシアに反撃できなくなります。
アメリカ議会下院は野党・共和党が多数派で「なぜ、アメリカがウクライナを支援すべきなのか。見直すべきだ」と考えている人たちもいます。
多くの共和党の議員はウクライナ支援は重要だと信じていますが、世論調査では共和党員の37%が「ウクライナへの支援は過剰だ」と考えていて、支援が弱まる可能性もあります。
さらに、2024年のアメリカ大統領選挙の争点になる可能性もあります。
もし、共和党の候補者がトランプ前大統領、あるいは同じような考えの“孤立主義者”であれば、特にそうなると思います。
「アメリカはヨーロッパの紛争に関わるべきではない」とか「われわれは中国について心配し、国内で起きていることに気を配るべきだ」と主張する人たちが出てくることになるかもしれません。
ヨーロッパでも一部の国民が「ウクライナへの支援はやめるべきだ」と考えている国があります。
ウクライナ支援をめぐる欧米の結束の維持が今後、大きな課題となるでしょう。