[サンフランシスコ 21日 ロイター] – セールスマンのブレット・シクラーさんは最近まで、自分の本を出版できる日が来ようとは想像もしなかった。だが、人工知能(AI)を使ったオープンAIの自動応答ソフト「チャットGPT」を知ってから、自分にもチャンスが訪れたと感じた。

「本を書く夢が、ついに現実化したようだと思った。やれる、と考えた」──。

簡単な指示を与えるだけでまとまった文章を生成するチャットGPTを使い、シクラーさんはものの数時間で30ページの挿絵入り児童書を作成。今年1月にはアマゾン・ドット・コムのセルフ出版機能を通して、電子書籍を発売した。

この本では、偶然金貨を見つけたリスのサミーが森の仲間達から貯蓄について学んでいく。ドングリをすりつぶす石臼を買えるようになりたいと、ドングリ型の貯金箱をこしらえ、ドングリ取引の事業に投資。やがてサミーは仲間もうらやむ森一番の大金持ちになり「森は豊かになっていきました」という展開だ。

この「賢い小リス─貯蓄と投資の物語」はアマゾンの電子書籍ストア「キンドルストア」で2.99ドル、紙の本が9.99ドル。シクラーさんの儲けは100ドルに満たないが、チャットGPTを使って他にも本を作成したいと思わせるには、十分な成果だった。

シクラーさんがチャットGPTに与えたのは「父親が息子に金融リテラシーを教える物語を書いて」といった類いの指示だ。こうした形の出版について、シクラーさんは「人が一生の仕事にできるようになるかもしれない」と考えている。

昨年11月に登場したチャットGPTは、瞬時に適格な文章を生成する尋常ではない能力によってシリコンバレーに激震を走らせた。シクラーさんの事例は、チャットGPTの可能性と限界を探ろうとする最先端の動きだ。

キンドルストアでは、著者もしくは共著者にチャットGPTの記載がある電子書籍が今年2月半ば時点で200冊を超えた。「チャットGPTを使ったコンテンツ作成法」、「宿題の威力」といった実用書から、「宇宙のこだま」という詩集まである。

しかし、多くの著者がチャットGPTを利用したことを開示していないため、AIを使って書かれた本の数を正確に把握するのは不可能に近い。

チャットGPTの登場は巨大IT企業も揺さぶっており、米マイクロソフト(MS)は検索エンジン「Bing(ビング)」に、アルファベットはグーグルに、それぞれ大急ぎでAIを活用した新機能を導入した。

だが、チャットGPTは膨大な既存の文章を解析して文章の書き方を学習するため、その文章の真正さについては既に懸念が持ち上がっている。IT関連のニュースサイトCNETはAIを使った記事作成を試行したが、複数の訂正を出す結果になり、明らかな盗用も見つかったため、使用を中止した。

<人間の文筆家は失業か>

チャットGPTを使って小説や自己啓発本を出版し、手軽に稼ぎたいと考える人々が増えると、停滞していた出版界は大揺れになりそうだ。この手の「新米ライター」に人気なのが挿絵入りの児童書。

ユーチューブやTikTok(ティックトック)には、そうした本を数時間で作成する方法を解説するチュートリアルが数百件も投稿されている。テーマは「素早く金持ちになる方法」やダイエット、ソフトウエアのコーディング、料理レシピなどだ。

出版業界団体「オーサーズ・ギルド」の執行ディレクター、メアリー・レーゼンバーガー氏は「憂慮すべき事態だ。こうした本が市場にあふれ、多くの執筆者が職を失うことになる」と懸念する。

人間のゴーストライターは古くから存在するとはいえ、AIを使った自動生成が可能になれば、本の執筆は手作りの仕事から大量生産に変化しかねないと同氏は語った。

「著者とプラットフォームは、本の作成方法について透明性を確保する必要がある。さもなければ低品質の本が大量に出回ることになる」という。

フランク・ホワイトと名乗るある著者は、1日足らずで119ページの小説「銀河の売春業 第1巻」を書き上げたことをユーチューブで紹介している。銀河系のはるか彼方に住む宇宙人らが人間の働く売春宿に戦争を仕掛ける物語で、キンドルストアでわずか1ドルで買える。

ホワイト氏は、だれでもやる気と時間さえあれば、AIを使うだけでこうした本を年に300冊書ける、とユーチューブで語っている。

アマゾンの規約で義務付けられていないこともあり、ホワイト氏のような著者は、AIが全面作成したことをキンドルストアで開示していない。

この点について、ロイターがコメントを要請したところ、アマゾンはキンドルストアの規約を変更したり検証したりする計画の有無について答えなかった。

チャットGPTを開発したオープンAIは、コメントを控えた。

<数時間で出版まで>

アマゾンは2007年にセルフ出版プラットフォームの「キンドル・ダイレクト・パブリッシング」を立ち上げ、だれでも代理店や出版社を通さずに自宅から本を出版できるようにした。アマゾンでは一般に、一切の監視なく即時に出版することが可能で、収入は著者とアマゾンで分け合うようになっている。

オンラインの香水販売を本業とするカミル・バンクさんは、AIを使えばこのプラットフォームを通して、1日足らずで本の構想から出版までできると考えた。

チャットGPTに「子どもたちに正直さについて教えるピンク色のイルカについて、おとぎ話を作って」などの指示を与えて4時間で27ページの本を作成。昨年12月にアマゾンで「寝る前の読み聞かせ 良い睡眠のための短く優しいお話」を発売した。

正直言って消費者の反応は鈍く、数十冊しか売れていない。だが、5段階評価は星5つで「記憶に残る素晴らしい登場人物たち」といった記述もあった。

バンクさんはその後、AIを使って大人向けの塗り絵本など2冊を新たに出版した。「本当に簡単だ。構想から出版までのスピードに驚いた」という。

ただ、AIに圧倒されている文筆家ばかりではない。キンドル・ダイレクト・パブリッシングを通じて自著を数百万部売ったとされるマーク・ドーソンさんは、ロイターへの電子メールで、チャットGPTを使って書かれた小説は「つまらない」と断言。「評価機能が役立つだろう。つまらない文章だということで悪い評価が付いた本は、すぐにゴミ箱行きだ」と切り捨てた。

(Greg Bensinger記者)