[パロアルト(米カリフォルニア州) 24日 ロイター] – 米英の複数のベンチャーキャピタル(VC)が昨年12月と今年1月にパリで、人々の働き方を大きく変える可能性を秘めた人工知能(AI)企業を巡り、出資争いを演じた。
標的となったスタートアップ企業ダストは、社員がわずか2人。法人化の手続きも完了していなかった。3人の関係筋がロイターに明かしたところによると、にもかかわらずダストは有力VCのコーチュー・マネジメントなどが持ちかけた「太っ腹な提案」を蹴った。
そのうちの2人の関係筋によると、競争に勝ったのはVC大手、セコイア・キャピタルで、創業直後のベンチャーを支援するシード(種子)キャピタルとして500万ドル程度を集める大規模な調達ラウンドの幹事の座を射止めた。ダストはホワイトカラーの生産性を向上させるAIツールの構築を目指している。
米IT業界では、アルファベットとマイクロソフトが急速にAI事業を推進し、優位な立場を得ようと数十億ドル規模の資金を投じたため競争が激化。IT大手に挑もうとするスタートアップ企業には出資のオファーが集まり、数週間どころか数日間で合意をまとめている。VC市場全体が低迷する中、この分野がひとり気を吐いている状況だ。
セコイア・キャピタルのパートナー、コンスタンティン・ブーラー氏は「AIに巨額の投資を行うIT大手は、配信面で確立した優位性を簡単に失うことはない」が、「絶対に打ち破れる」という信念を持って生産性向上アプリの発掘に取り組んでいるという。
スタートアップ企業・オープンAIのチャットボット「チャットGPT」で人気が爆発した生成AI市場では、投資ブームが起きている。米国の生成AI企業の創業者は「VCはこれこそが新しいインターネットだと考えている」と話す。
調査会社ピッチブックによると、生成AIを手掛けるスタートアップ企業への投資は2020年には15億ドルだったが、22年初頭以降で59億ドルに膨らんでいる。シリコンバレー銀行の破綻は起債や銀行借り入れに水を差す恐れがあるが、VCによるとAIスタートアップへの資金提供意欲は依然として強く、特に事業立ち上げから間もない創業者への関心が高いという。
オープンAI初期の支援者であるコースラ・ベンチャーズのパートナー、サミル・カウル氏によると、生成AIに関して話を持ちかけられる回数は、6カ月前と比べてもはるかに増えている。VCの間に「群集心理」が生まれており、ぱっとしない企業が出資を受けるものの頓挫し、非常に有望なこの分野全体の評判を傷付けかねない状況だという。
実はVCの90%以上は非常にリスクを嫌い、実物のアプリを目にするまで出資に踏み切らない。そのためチャットGPTの出現が大規模な投資を誘発したという。
<オファー競争>
チャットGPTがどんな問いにもまるで人間のように応答する様子を見て、AIが検索エンジン技術を打ち破り、グーグルの市場支配を打破するかもしれないとの見方が広がっている。
投資家は、新規株式公開(IPO)の形ではないにせよ、将来的に株式を売却するチャンスをかぎとっている。一部は、AIスタートアップが巨大なライバルをしのぐ可能性に賭けている。
2020年に設立され、顧客情報管理セールスフォースのマーク・ベニオフ最高経営責任者(CEO)が支援する検索エンジン会社ユー・ドット・コムは、生成AI技術の導入で息を吹き返した。ユーザーや投資家の注目が高まり、1日あたり検索件数が数百万件に達したという。
ラディカル・ベンチャーズのマネジングパートナーでユー・ドット・コムに投資したジョーダン・ジェイコブズ氏は、ユー・ドット・コムは「適切な人が適切な技術と機会を得ることにより、世界で最も成功したビジネスモデルさえも破壊できる事例だ」と述べた。
ジャスパーやRegie.aiのような文章作成支援を含む生産性向上ツールも数百万ドルの資金を集めている。一方、マイクロソフトやグーグルなどIT大手も文書作成支援アプリの機能向上に余念がない。
投資家の世界でも時には大規模な競争が発生し、スタートアップ企業の評価額を押し上げている。VCのグレイロックは最近、創業者を支援する案件を見送った。この創業者には資金調達ラウンドの幹事として10件のオファーがあり、グレイロックのパートナーであるサーム・モタメディ氏によると、これは異例の多さだ。
最初の本格的な資金調達である「シリーズA」ラウンドでは最長6週間かかるような案件が、今では数日で終わるようになっている。
モタメディ氏は「われわれが手がけた全てのAI案件で、大半の競合他社から多数のタームシート(投資契約の各条項のサマリー)が提出されていた。起業家側は、よりどりみどりという恵まれた環境だ」と説明。「この状況は、熱狂的とも行き過ぎとも言えるだろう。だが、その根底にはたっぷりと中身がある」と語った。
(Krystal Hu記者、Jeffrey Dastin記者)