[5日 ロイター] – ニューヨーク州の大陪審に起訴されたトランプ前大統領を巡る前例のない裁判で、検察側が勝訴するには難しい課題をクリアしなければならない。つまり前大統領が、不倫相手とされる女性への口止め料支払いに関する記録改ざんを、別の罪を隠すために意図的に行った悪質性があったと証明することだ。

マンハッタン地区のアルビン・ブラッグ検事は、2016年の大統領選を控えた前大統領が、ポルノ女優のストーミー・ダニエルズさんに対する口止め料13万ドルを立て替えた当時の顧問弁護士、マイケル・コーエン氏への返金を隠ぺいする目的で、一族企業「トランプ・オーガニゼーション」の帳簿記録をごまかしたと指摘。検察によると、これは「キャッチ・アンド・キル」とも呼ばれる、スキャンダルをもみ消す包括的な企ての一環だという。

ただ、検察は今後、2段階の手順を踏んで前大統領が記録改ざんだけでなく、他の罪の隠ぺいも故意でやったと証明する必要がある。

ニューヨーク・ロースクールのアンナ・コミンスキー教授は「2つのレベルで故意だったことの証明が不可欠になる。まずは、虚偽の業務記録で欺く意図、次に別の罪を隠すか、実行する目的で欺く意図があったと立証しなければならない」と説明した。

ニューヨーク州の法令では業務記録改ざんは軽犯罪だが、検察側は別の犯罪とも結びつけて重罪として訴追。ブラッグ氏は記者団に、前大統領による記録改ざんは州や連邦の選挙関連法および州の税法違反行為の一部だとの見解を示した。

一方、前大統領の弁護団は記録改ざん自体を否定している。さらに前大統領のダニエルズさんに対する金銭支払いは選挙運動にプラスとするためでなく、体裁の良くない話が広がるのを止める目的だったと反論し、違法性はないと主張するかもしれない。

いずれにしてもこの件は、大統領経験者が起訴されるという前代未聞の事態だった上に、前大統領が次期選挙で返り咲きを狙っているという点で、ことさら世間の注目度が高い。野党共和党と前大統領は、起訴を政治的動機に基づく動きだと批判している。

前大統領は検察が挙げた全ての罪状について無罪を強調し、ダニエルズさんとの関係も否定。弁護団は、業務記録改ざんもないとしている以上、審理に入らず訴えが却下されるよう求めていく構えだ。

ホワイトカラーの事件で、被告の故意性を立証するというのは検察にとって常につきまとう課題でもある。被告が違法性を認識していたと証明する際に、よく用いられるのは電子メールやテキストメッセージの記録。事件に関係したり、よく事情を知っていたりする人物の証言も証拠となる。

前大統領はつい最近まで、テキストメッセージや電子メールを使ってこなかったと伝えられているが、ブラッグ氏は有罪を裏付ける電子的な通信記録があると述べている。

検察側の起訴事実を記した文書には、前大統領と元顧問弁護士コーエン氏の電話や面会の記録もあり、コーエン氏の証言が前大統領の意図的な犯罪だったと証明するための中心になりそうだ。

コーエン氏はこれまでも2回証言し、前大統領から口止め料支払いと隠ぺい工作を指示されたと明かした。

ただ、同氏は議会にうそを話したことと、ダニエルズさんへの支払いで選挙法に違反したことを認めており、前大統領の弁護団はこれらの点を突いて、コーエン氏の信頼性に疑問を投げかけるとみられる。

検察側の文書には、コーエン氏の証言の信ぴょう性を証明できるかもしれない要素も記載されている。それは、前大統領が2015年に選挙運動を開始した直後、ニューヨークでコーエン氏やアメリカン・メディア・インク(AMI)と面会し、都合の悪いニュースを封じ込める対策を話し合っていたという記録だ。

ダニエルズさんが16年10月、前大統領との不倫関係を巡る話を、タブロイド紙ナショナル・エンクワイアラーを発行するAMIに持ち込み、AMIがコーエン氏に知らせ、コーエン氏がダニエルズさんの弁護士と口止め料の交渉に臨んだ経緯がある。

AMIのデービッド・ペッカー最高経営責任者(CEO)がこの先の審理でコーエン氏の言い分に同調するような証言をすれば、検察の援護射撃になってもおかしくない。

検察側の文書は、昨年トランプ・オーガニゼーションの脱税事件で有罪を認めた元最高財務責任者(CFO)のアレン・ワイセルバーグ被告にも言及している。被告が前大統領に不利な証言をするかどうかは分からないが、そうした証言をすれば、これも検察に追い風となるだろう。

今回の事案で、前大統領の記録改ざんには他の罪を隠す目的があったと立証する責任は、あくまで検察側にある。ただ、何人かの法律専門家は、前大統領が別の犯罪を意図して記録改ざんしたと推定できる合理性があるとの見方を示した。

ペース大学教授(法学)で元検察官のベネット・ガーシュマン氏は「私から見れば単純な刑法(の事件)だ。一連の行為と結果において犯罪の意識があった。それでなぜ、前大統領がそんなつもりはなかったと言えるのか分からない」と話した。

(Jack Queen記者、Luc Cohen記者)

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