[ロンドン/ワシントン 10日 ロイター] – 世界の温室効果ガス排出量を考える際に、誰もが見て見ぬふりをしている要素が1つある。それは各国の軍隊からの排出量だ。
地球の平均気温が最高記録を更新する中で、科学者や環境団体などは国連に対して、全ての排出量を開示するよう軍隊に働きかけるとともに、国際的な排出量削減目標から長らく軍隊を除外してきた方針を撤廃するよう迫っている。
専門家らの昨年の見積もりによると、軍隊は世界最大級の燃料消費セクターであり、地球の温室効果ガス排出量の5.5%を占める。
ところが軍隊は、排出量の適切な報告や削減を義務付けた国際的な取り決めに拘束されていない。一部の国の軍隊が公表しているデータも信頼できないか、精一杯評価しても不完全な内容というのが関の山だ、と科学者や学術関係者は話す。
そもそも軍用機の飛行から艦艇の航行、演習に至るまでさまざまな面で温室効果ガスを排出する軍隊だが、1997年の京都議定書や2015年のパリ協定で、排出量削減の対象外に置かれ続けた。エネルギー使用に関するデータを公表すれば、国家安全保障が損なわれかねないというのがその理由だ。
しかし今、ティッピング・ポイント・ノース・サウス、ザ・コンフリクト、エンバイロメント・オブザーバトリーといった環境団体や、英国のランカスター、オックスフォード、クイーンメアリーといった大学の学者らのグループが、研究論文作成や手紙攻勢、会合の開催といった手段を駆使して、軍隊の排出量をより包括的かつ透明な形で示していこうとする取り組みを進めている。
例えば今年1-5月に公表された査読済み論文は少なくとも17本と、昨年全体の3倍に達し、過去9年の合計数を上回った。
このグループは今年2月、国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)事務局に書簡を送り、全ての軍隊の排出量の大きさを理由に挙げて、地球全体の排出量算定対象に含めてほしいと訴えた。
今年11月30日からはアラブ首長国連邦(UAE)のドバイ首長国で国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)が始まる。そこで各国がパリ協定で定められた目標達成に向けてどの程度の遅れが生じているかが初めて評価される予定となっており、排出量の算定基準自体の妥当性も改めて注目を集めるだろう。
<軍隊からの改革機運も>
ただし今のところ、こうした働きかけに目立った手ごたえは得られていない。
UNFCCC事務局は、ロイターからの問い合わせに対して、軍隊の排出量を巡る指針を修正する具体的な計画はないと回答した。ただこの問題は、COP28を含む将来の会議で議論する可能性はあるという。
ロイターがUAEに対し、COP28で軍隊の排出量について議論するかどうか質問したところ、2週間にわたる会議中に「テーマ別討議」の期間があり、そのテーマの1つは「安心・回復・平和」になると述べたが、それ以上詳しいコメントは得られなかった。
もっとも、軍隊の中には数年以内に排出量の報告基準を見直す準備をしたり、気候変動への悪影響を減らす取り組みを推進したりする動きも出てきている。
北大西洋条約機構(NATO)はロイターに、加盟31カ国が軍の排出量を報告するための算定方法を導入したと明かした。
ニュージーランドなどは、海外における軍事活動などこれまで自国の排出量から除外していた項目を追加算定することを検討中。英国とドイツは、排出量報告における「グレーゾーン」の解決を目指している、と国防当局者が説明した。
米政府は昨年エジプトで開催されたCOP27に、陸軍と海軍の代表を派遣した。UNFCCCの国際会議に米軍の代表が出席したのはこれが初めてだ。
米海軍代表の1人だったメレディス・バーガー海軍次官補はロイターに「このことが意味するのは、われわれが話題の一部であり、化石燃料とエネルギーについて間違いなく排出主体であるということだと思う」と語った。
米軍の石油調達を統括する国防総省兵站局のデータに基づくと、昨年の石油購入量は8400万バレルで、2018年から約1500万バレル減少している。これに伴って昨年の米軍の温室効果ガス排出量も、前年の5100万トンから4800万トンに低下した。
<ドローンの効果>
オックスフォード大学のネタ・クロフォード教授(国際関係)は、米軍の燃料使用が減った原因として、1)アフガニスタンとイラクからの撤退、2)再生可能エネルギー技術とより燃費性能の高い車両の導入、3)演習の規模縮小と頻度減少──を挙げた。
ドローン(無人機)の利用拡大も貢献した可能性がある。
ある米国防総省高官は「これまでで最も大きな排出量削減をもたらしている技術の1つは、ドローンの活用だ。軍用機から人間を降ろしてしまえば、燃費性能は劇的に改善する」と述べた。
一方、ウクライナにおける戦争に絡む排出量の急増が、国連の対応修正の必要性を浮き彫りにしているとの声も聞かれる。
ティッピング・ポイント・ノース・サウスのデボラ・バートン氏は「他の戦争ではできなかった形でウクライナがこの問題に脚光を浴びせている」と指摘した。
温室効果ガスを算定するオランダの専門家の推計によると、ロシアによるウクライナ侵攻開始から12カ月間だけで地球全体の排出量は差し引き1億2000万トンも増加する。これはシンガポールとスイス、シリアの合計排出量に匹敵するという。
<安全保障上の懸念>
これに対して別の専門家は、地域の安全保障を重視する国々から見れば、軍隊の温室効果ガス排出量などは本筋から外れた問題と受け止められるはずで、そうした姿勢が当面、議論の前進を阻む要因になりかねない。
NATO高官のジェームズ・アパスライ氏は、ウクライナ危機は軍隊の排出量を巡る状況を一段と複雑化させたと認識するのが大事との見方を示した。
一部の軍隊は、石油使用の詳細を公表すれば海外での活動実態に関する情報の手掛かりを与えてしまうと懸念している。
ドイツ国防省高官は、燃料使用量から軍用機の飛行時間や車両走行距離、演習パターンといった軍隊の行動が丸裸になるのは望まないと述べた。
「サイエンティスト・フォー・グローバル・レスポンシビリティー」のエグゼクティブディレクター、スチュアート・パーキンソン氏は、軍隊の排出量は今後もほとんど理解されないままだろうと予想する。
「人々に飛行機を利用するな、あるいは電気自動車(EV)に乗り換えろと要求するのは、それが彼らに犠牲や不便さをもたらすとしても全く構わない。しかし、軍隊にそうした言い方をするのは難しい」と話す。