2019年参院選の大規模買収事件を巡り、東京地検特捜部検事が任意の取り調べで広島市議(当時)の供述を誘導した疑いのある問題で、公判を担当する別の検事が、河井克行・元法相(60)(公職選挙法違反で実刑確定)の公判に証人出廷する市議に、自白調書の通り「買収された」と証言するよう繰り返し誘導していた疑いのあることが読売新聞が入手した録音データでわかった。事実関係を事前に確認する「証人テスト」という手続きで、実際、市議は法廷で調書通りに証言していた。

 市議は、木戸経康氏(67)。読売新聞は市議の取り調べに加え、証人テストの録音データも独自に入手した。

 取り調べで市議は、市議選期間中の19年4月に元法相から現金30万円を受け取ったと検事から指摘され、「何かは受け取ったが、お金との認識も、(参院選の)買収資金との認識もなかった」と否定。しかし検事から不起訴にすると示唆され、「買収資金を受け取った」との供述調書に署名した。

 元法相の公判は20年8月に東京地裁で始まった。市議が検察側証人として出廷したのは21年1月20日で、当時、元法相は無罪主張だった。証人テストは前年9月から出廷直前まで計12回にわたって公判を担当する特捜部検事が実施。本紙はこのうち計10時間超の録音データを入手・分析した。

 録音データによると、市議は証人テストでも買収資金との認識はなかったと主張。だが検事は「(買収資金との認識があったと)言い切っておかないと」などと自白調書の通り証言するよう繰り返し求め、市議に受け入れさせていた。

 検事と市議が一問一答方式で証人尋問のリハーサルを行い、検事が市議の回答に「NGワード」や「それはOK」などと評価する場面もあった。さらに、検事が「カンペ(カンニングペーパー)を作ったことはおおっぴらにしないように」などと口止めをするような発言もあった。

 結局、市議は元法相の公判で▽30万円は買収資金とわかっていた▽市議選の「陣中見舞いの形」で会計処理すれば問題ないと考えたが甘かった――など証人テスト通りの証言を行った。

 こうした検事と市議のやりとりについて、山崎学・元東京高裁部総括判事は取材に「検事は証人が知らなかったり、否定したりする内容を証言するよう誘導しており、公判を軽視していると言わざるを得ない」と指摘している。

 最高検は録音データの内容を把握しており、調査を行う方針。21日には取り調べでの供述誘導に関する本紙報道などを受け、「(市議の)公判の推移を踏まえつつ、適切に対応する」とのコメントを出した。

  ◆証人テスト =適切な証人尋問の実現のために準備しなければならないと規定する刑事訴訟規則の手続きの一つで、必要に応じて検察官や弁護人が事前に証人と事実関係などを確認する。法務省刑事局長が2014年、「証人テストが特定の事項を証言するよう誘導しているとの疑念を招く行為は避けるべきだ」と国会で答弁している。