Krystal Chia、Claire Ballentine

  • 19年の民主化デモとそれに続く政府の締め付けで不動産市況悪化
  • 香港島の住宅価格は19年の高値から29%下落-売れ残り物件も増加

不動産価格の変動が大きいことで知られる香港だが、今回の不況は際立って深刻だ。住宅価格の低迷が5年近く続いている。約20年前に起きた重症急性呼吸器症候群(SARS)危機時以来の長期低迷だ。

  ブルームバーグ・インテリジェンス(BI)の新たな分析によれば、商業用不動産の損失分と合わせると、香港の不動産から2019年以降に少なくとも2兆1000億香港ドル(約42兆3000億円)の価値が失われた。UBSグループとCBREグループはさらに打撃が大きくなると見込んでいる。

  ニューヨークやロンドンといった他の都市と同様に、香港も金利上昇や金融セクターの雇用喪失、労働習慣の変化などに苦しめられている。

  しかし、香港の多くの人々にとって、不動産市場の低迷は、アジア随一の金融ハブとしての香港の地位への信頼が着実に失われているという、より憂慮すべき現象を表す最も明確な市場指標の一つでもある。

  中国当局による信頼回復に向けた最近の取り組みにもかかわらず、香港の将来に対する懸念は根強い。

  英国の植民地だった香港の自由に対する中国の締め付けは、19年の民主化デモをきっかけに始まった。中国の習近平政権は20年に香港国家安全維持法(国安法)を導入。香港は今年3月、国家安全条例を成立させた。

  こうした状況を受け、不動産需要を押し上げてきた海外企業や駐在員が相次ぎ撤退。欧米資本と中国企業の橋渡し役としての香港の役割に疑念が生じたことで、不動産の買い手は様子見を続けている。

  台湾を巡り米国と中国の対立も激化し、米中間の衝突に至るのではとの長年の懸念も一段と強まっている。  

Hong Kong Faces Mounting Pressure to Remove Property Curbs
香港の住宅価格、5年近く低迷が続くPhotographer: Lam Yik/Bloomberg

  香港で不動産が住民の意識に及ぼす影響は、恐らく他のどの主要な金融ハブよりも大きいもようだ。

  地元のセレブと長く見なされてきた不動産業界の大物らは、22年以降に純資産が40億米ドル(約6300億円)目減りしたことで、事業の多角・分散化を検討。住宅所有者の間ではかつては考えられなかった規模の譲渡損失を受け入れ、自宅を手放そうとする人も増えている。

悪循環

  香港の不動産開発会社ハンルン・プロパティーズ(恒隆地産)の陳啓宗・前会長は今月開催されたフォーラム「ブルームバーグ・ウェルス」で、「不動産セクターでは、この50年間で最大の構造変化が起きている」と述べた。

  住宅ローンの借り手やより広範な金融システムに危機が迫っていると予測する人はほとんどいないものの、不動産部門の低迷が香港への信頼感を一段と低下させる悪循環に拍車がかかる恐れがある。

  当局が約10年にわたった不動産購入抑制策を2月に撤廃した後も不動産価格は下落し続けており、香港島の住宅を対象とした中原地産の指数は5月26日終了週に16年以来の低水準に落ち込んだ。

  会計士のリリアン・リウさん(35)は海の見える自宅を950万香港ドルで昨年2月に売り出したとき、妥当な価格設定だと思った。

  香港の金融街から地下鉄で2駅の距離で広さ26平方メートルのその集合住宅物件は、素晴らしいバルコニーを備え、大きな窓からは朝日が差し込む。下の通りにはシックなカフェやバーが点在している。

  しかし、買い手が現れず、リウさんは売値を3%引き下げた。その後15%、次いで5%値下げしたが、1年以上たった今も買い手はつかず、既に120万香港ドルの損失に見舞われている。

  「香港人にとって、人生のゴールは家を持つことだった。今では持たなければ良かったと私は思っている」とリウさんは打ち明けた。

Hong Kong Property
リリアン・リウさんPhotographer: Lam Yik/Bloomberg

  香港政府の報道官は電子メールで送付した声明で、香港の不動産市場を圧迫しているのは、構造的な需要減退ではなく、世界経済の成長鈍化と金利上昇、香港株式市場のセンチメントの波及だと指摘。

  さらに、オフィススペースの供給増は香港の持続可能な発展に資するものだとして、政府は不動産市場を注意深く監視し、社会・経済的ニーズを満たすのに十分な土地を提供していくと表明した。

  報道官は地政学的な面について、香港の「ユニークな地位」は「一国二制度」に基づく制度的な強みに支えられていると説明。これには透明な市場や国際的な規制体制、低い税率、商品の自由な流通などが含まれ、これら全てが「変わりなく維持されている」と主張した。

Anti-Government Protests Continue in Hong Kong
19年の民主化デモとその後の政府弾圧をきっかけに、香港の不動産市況は悪化Photographer: Anthony Kwan/Getty Images AsiaPac

  香港島の住宅価格は19年の高値から約29%下落。昨年10-12月(第4四半期)以来、売れ残り物件は20年ぶりの高水準近くにとどまっている。

  高級住宅も同様に打撃を受けている。ハビタット・プロパティーのシニアコンサルタント、アラン・リー氏は「昨年は不動産市場にとって過去30年で最悪の年だった。物件を売りたければ、少なくとも20%の値下げが必要だ」との見方を示した。

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原題:Hong Kong’s Identity Crisis Fuels $270 Billion Property Wipeout(抜粋)