Nancy Cook、Joshua Green、Mario Parker
- ブルームバーグ・ビジネスウィークがトランプ氏に単独インタビュー
- 低金利と低課税が「トランプノミクス」の要点、仮想通貨も支持
ブルームバーグ・ビジネスウィークは6月25日、トランプ前米大統領に単独インタビューした。トランプ氏は私邸があるフロリダ州パームビーチの会員制高級リゾート「マールアラーゴ」で、11月の大統領選でホワイトハウス返り咲きを果たした場合の政権構想を練っていた。
世論調査ではトランプ氏と、再選を目指すバイデン大統領との接戦が示されていたが、トランプ氏の資金集めはうなぎ登りの状態にある。6月27日に行われた第1回の大統領選討論会では、バイデン大統領の職務遂行能力についての懸念があらためて浮き彫りとなった。
そして、7月13日にはペンシルベニア州バトラーで集会に臨んでいたトランプ氏の暗殺未遂事件があった。
トランプ氏が政権に復帰した場合、どのような事態になるか憂慮の声が上がっており、ゴールドマン・サックス・グループやモルガン・スタンレー、バークレイズなどのウォール街の金融機関は顧客に対し、トランプ氏が返り咲いて保護主義的な貿易政策を講じる確率が高まっているとして、インフレ高進見通しを警告し始めている。
アップルやエヌビディア、クアルコムなど米大手ハイテク企業は、中国との対立が深まれば自分たちの企業や、各社が依存する半導体にどう影響するか考えを巡らせている。
欧州やアジアの民主主義各国・地域は、トランプ氏の孤立主義的衝動や西側同盟に対する同氏の不安定なコミットメント、中国の習近平国家主席およびロシアのプーチン大統領とのトランプ氏の関係について不安視している。
そして、世論調査ではいずれも、バイデン氏よりもトランプ氏の経済運営に有権者が好意的であることが示されているものの、トランプ氏を次期大統領に選んだ場合、実際にどうなるかは多くの人々にとって不明だ。
トランプ氏は自身の経済政策「トランプノミクス」の要点は「低金利と低課税」だとし、「事を成し遂げ、ビジネスを米国に回帰させる多大なインセンティブとなる」と話す。
トランプ氏はエネルギー資源の採掘拡大や規制緩和を推進し、メキシコとの国境の警備を強化する方針だ。米国にとって有利な条件を引き出すため、敵対国・同盟国を問わず圧力をかける。暗号資産(仮想通貨)業界の成長を促す一方で、大手ハイテク企業を締め付ける。端的に言えば、米経済を再び偉大にする考えだ。
トランプ氏は1時間半にわたりビジネスや世界経済など、ホワイトハウス復帰の場合の自身の政策課題に関する広範囲の話題についてインタビューに答えた。
トランプ氏はその中で、パウエル連邦準備制度理事会(FRB)議長の任期満了前に解任を目指さない考えを示した。パウエル議長の任期は2026年5月までで、トランプ氏は「彼に任期を全うしてもらうつもりだ」として、「彼が正しい政策運営を行っていると考えられる場合は特にそうだ」と語った。
その一方でトランプ氏は、米金融当局が11月の大統領選前に利下げして、それが経済およびバイデン大統領への追い風となることを控えるべきだと警告。ウォール街では、選挙前の1回を含め、計2回の年内利下げを完全に織り込んでいるが、トランプ氏は金融当局について「彼らはそれをやるべきでないことを分かっている」とコメントした。
また、法人税率を現行の21%から最低15%に引き下げたい考えを示した上で、その目標達成があまりにも困難だと分かれば、20%への引き下げでも受け入れる意向を表明。「単純明快」な数字であることが理由だとした。
大統領在任中に禁止に追い込もうと試みた中国発の動画共有アプリ「TikTok(ティックトック)」を巡っては、もはや禁止する計画はないとした。
また、昨年の時点で「非常に過大評価されたグローバリスト」と攻撃していた米銀JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)について、自身の考えを変えたことも明らかにした。
トランプ氏は、政治キャリアも考慮していると受け止められているダイモン氏に関し、財務長官への起用を「考える」ことも想定されると語った。ダイモン氏の広報担当者はコメントを控えた。
台湾を中国の脅威から防衛することなど、長期にわたる米外交政策方針にも疑問を呈する姿勢を表明。トランプ氏は台湾防衛の考えや、ウクライナ侵攻を巡ってロシアのプーチン大統領を罰する米国の取り組みにはクールだ。「私は制裁を好まない」と発言した。
台湾防衛についてのトランプ氏の懐疑的な姿勢は、実際の防衛に当たっての難しさや、米国の保護に対し台湾が経費を負担してほしいとの願望などに根ざしている。同氏は「われわれはいかに愚かであるか。彼らは米国の半導体チップビジネスを全て奪った。彼らはとてつもなく裕福だ」と論じた。
トランプ氏はこのほか、連邦の刑事裁判で有罪となった場合、自身の恩赦を「検討するつもりはない」と主張した。
トランプノミクスの全体像はトランプ氏在任中のものと違いがないかもしれない。新たな要素はそれを実施するに当たってのスピードと効率性だ。適材適所の重要性を含め、権力のレバーに関する理解は深まったと、同氏は確信している。
トランプ氏は経済についての自身のメッセージが11月の選挙で民主党を破る最善のルートだとみている。共和党全国大会初日の15日夜には「富」がテーマとなった。同氏は減税や石油増産、規制緩和、関税引き上げ、外国への金融コミットメント縮小といった型破りな政策方針によって、激戦州で勝利するための十分な有権者にアピールすると考えている。
それはトランプ氏の支持者による21年1月6日の連邦議会議事堂襲撃事件をはじめとする同氏在任中の負の部分を有権者が大目に見るというギャンブルでもある。
既に複数の世論調査では、食品や住宅、ガソリンなどの歴史的な価格高騰を苦にした黒人やヒスパニック系の男性が共和党にシフトしつつある兆候が見られる。バイデン氏は極めて低い水準にある失業率や賃金上昇など、政権の経済的実績を主要な有権者に売り込むのに苦戦している。同氏の高齢に関してもパニックが広がっている。
トランプ氏は大統領選を制する可能性があり、民主党指導部の間では、共和党がホワイトハウスに加え、上下両院の支配も勝ち取るのではないかと懸念を強めている。
そうなった場合、トランプ氏は米経済や世界のビジネス環境、同盟国・地域との貿易関係を形作る上で前例のない影響力を手にすることになる。トランプ氏は在任中、一対一での取り組みを好む傾向を示した。トランプ氏とベストな関係にある企業の経営首脳や世界の指導者は有利となる一方、同氏の敵は不利な扱いを受けて同氏が何をするか恐怖を抱くことになった。
ビジネスウィークがトランプ氏に行ったインタビューで一つ鮮明になった点があるとすれば、同氏はこうしたパワーを十分に認識し、それを活用しようと心に決めていることだ。
インフレ
経済に関してパウエル氏の問題の他にトランプ氏の胸中にあるのはインフレだ。トランプ氏は、バイデン大統領の経済運営責任をこれまで繰り返し批判してきた。しかし、物価高騰と高金利が生む怒りの中に黒人やヒスパニック系の男性といった共和党を通常支持しない有権者を取り込むチャンスを同時に見いだしている。「われわれが持つ流動性の黄金はどこよりも多い」と話すトランプ氏は、石油・天然ガスの掘削拡大に道を開き、価格を下げると言う。
3番目は移民だ。厳しい規制が国内の賃金と雇用を押し上げる鍵になるとトランプ氏は考えている。経済をつくり変えるプロセスで、移民規制を「最大のファクター」と位置付ける。支持獲得を切望するマイノリティー(人種的少数派)に特に恩恵をもたらすという意味もある。「何百万人という人々の入国で、黒人たちは大きな打撃を受けるだろう。彼らは既にそれを感じ取っている。賃金はだんだん減り、仕事を不法移民に奪われている」とトランプ氏は主張する(労働統計局によれば、2018年以降の雇用増の大半は移民ではなく、市民権を得た人々と合法的な居住者だ)。
トランプ氏の言葉は終末論的になる。「雇用や住宅、あらゆるところでこれまで起きたこと、これから起きようとしていることが理由で、この国の黒人たちは死のうとしている。私はそれを止めたい」と訴える。
石油の掘削は別として、トランプ氏は物価引き下げのプランを詳しく説明していない。自ら提唱する強力な関税が思いがけない収入を米国にもたらすというのが個人的な確信だが、主流派の経済学者は同意していない。関税はさらにインフレを助長し、米国の家計にとって増税になると彼らは警告する。ピーターソン国際経済研究所(PIIE)の報告書によれば、トランプ氏の関税制度の下では、平均的な中所得世帯に年間1700ドルの追加的コスト負担が生じる。オックスフォード・エコノミクスは、関税と移民規制、減税延長の組み合わせによってインフレ率が上昇し、経済成長が鈍化する恐れがあると評価する。オックスフォード・エコノミクスの米国担当首席エコノミスト、バーナード・ヤロス氏は、一連の政策のスルーライン(一貫したテーマ)が「インフレ期待の上昇」との見解を示す。
そして財政赤字だ。トランプ氏は大統領在任中の2017年に成立した税制改革法を更新し、法人税をさらに引き下げることを望んでおり、同氏や彼のアドバイザーが説明しない手法がどんなものであれ、それは財政均衡を描き出すものではない。保護主義的政策の結果としてエコノミストが予想する金利上昇圧力も相まって、国の膨らむ債務負担をさらに増大させる恐れがある。
それでも結局、トランプ氏の他の考え方は、ビジネスリーダーたちを味方に付くよう揺さぶるには十分かもしれない。トランプ氏の献金者で、シェール生産会社コンチネンタル・リソーシズの会長を務めるハロルド・ハム氏は「バイデン政権には自由市場へのあからさまな敵意が感じられ、その結果、投資が手控えられている。規制の不確実性に加え、特定セクターへの規制の敵意がむき出しなケースさえある」と指摘し、バイデン政権による液化天然ガス(LNG)プロジェクト停止をその例として挙げた。「トランプ氏が返り咲きを果たせば、手控えられていた投資が再び解き放たれるだろう」と同氏は予測する。
米財界指導者
米企業はトランプ氏の大統領復帰の可能性に適応しようとしているが、企業トップの多くはそれを待ち望んでいるわけではない。多くのトップ経営者と定期的に話をしているイエール大学経営大学院のジェフリー・ソネンフェルド教授は、「彼らはトランプ氏に我慢ならない」と言う。ただ、一方でトランプ氏が再び大統領となり、うまく付き合っていく必要が出てくる可能性が高まっていることを認識している。
トランプ氏は6月にワシントンで、JPモルガンのダイモン氏やアップルのティム・クック氏、バンク・オブ・アメリカのブライアン・モイニハン氏ら国内の著名な企業トップ数十人と非公式に会談した。超党派のロビー団体「ビジネス・ラウンドテーブル」が主催したこの集まりでトランプ氏は、長い間難しい関係にあった数多くの企業リーダーと対面。その多くはトランプ氏に大統領就任当初から警戒心を抱いていた。
2021年1月6日のトランプ氏支持者による連邦議会議事堂襲撃事件の後、クック氏、ダイモン氏、モイニハン氏はいずれもこの暴挙を非難。クック氏は「わが国の歴史における悲しく恥ずべき一章」と呼んだ。しかし、マンハッタンの陪審員団が34件の虚偽記載の罪でトランプ氏に有罪の評決を下したわずか数週間後、誰もがトランプ氏と交わるために集まった。これは紛れもなく、権力のダイナミックスが変化していることを示している。
トランプ氏は米企業経営者たちとの関係のあり方についてきわめて敏感で、彼らの支持を望むか、それとも彼らを自分の意のままにしたいのかで揺れ動いている。LVMHモエヘネシー・ルイヴィトンのベルナール・アルノーCEOが表紙を飾った「ビジネスウィーク」誌7月号をマールアラーゴで見せられたトランプ氏は、世界有数の大富豪であるアルノー氏について「信じられないような男で、私の友人だと思う」と言及し、トランプ氏との関係が話題に上ったかどうか尋ねた。(それはなかった)
トランプ氏は、フォーチュン100企業のCEOで自身の選挙キャンペーンに公に寄付した人はいないと指摘されると、歯切れが悪くなる。(その後、イーロン・マスク氏が資金面での支援を表明した)。トランプ氏は6月のCEOらとの非公式の会合に関してCNBCが報道した際、トランプ氏について「著しく話があちこちに飛び」、「支離滅裂」と非難したあるCEOの匿名コメントを取り上げたことに、まだ頭を抱えている。
むしろ、会合は好意的な空気に満ちていた、とトランプ氏は主張する。「自分が愛されていないときは誰よりも自分がそれを感じる」からだという。トランプ氏によると、CNBCから謝罪の電話があった。(CNBCの広報担当者は「謝罪はしていない。コミュニケーションをオープンに保つことについて前大統領と話した」と説明した)
トランプ氏は、自身の政権が2017年に法人税率を「39%から21%に」(実際には35%から21%)引き下げたことを会合に集まった幹部らに思い出させ、さらに20%まで引き下げると宣言したと説明。「彼らは喜んでくれた」とトランプ氏は振り返る。さらに税率を15%まで下げたいと付け加えた。
しかし、CEOたちがどのような 「愛 」を示したとしても、それは結局のところ私利私欲に基づくものであることもトランプ氏は認識している。CEOたちも他の人々と同じように世論調査を読むことができるからだ。
企業トップが常に共和党候補に冷淡だったわけではない。連邦議会議事堂襲撃でトランプ氏の政治生命が断たれたように見られた中で、共和党を支持する経済界は党の新たな旗手を選ぼうと躍起になっていた。
フロリダ州知事のロン・デサンティス氏、前サウスカロライナ州知事のニッキー・ヘイリー氏、バージニア州知事で投資会社カーライル・グループの共同最高経営責任者(CEO)も務めたグレン・ヤンキン氏を筆頭に、ビジネス界に友好的な新世代の政治家たちに資金と注目が集まり始めた。しかし3氏はいずれも脱落し、ビジネスリーダーたちは、トランプ氏が大統領候補に躍り出たことに衝撃を受け、落胆した。
「みんなが状況を読み違えていた」と話すのは共和党のビジネスロビイスト、リアム・ドノバン氏だ。「トランプ氏はもう終わったという思い込みがあった。しかし、デサンティス氏やヘイリー氏がその替わりになることはなかった。人々は新しい時代に移る機会と思って実現しようとしたがならなかった。支持層はトランプを望んでいたのだ」
トランプ氏は反目した相手に恨みを抱くことで知られる。 昨年の保守系政治関連の会議で、トランプ氏は 「報復 」を約束した。しかし嫌いなCEOを仕返しするのかとマールアラーゴで問われた際には「誰に対する報復も考えていない」と答えている。
トランプ氏は、メタ・プラットフォームズのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)、アマゾン・ドット・コム創業者でワシントン・ポストのオーナーであるジェフ・ベゾス氏との長年の確執を再燃させている。
ワシントン・ポストが、トランプ氏の大統領在任中の虚偽主張(3万573件に上る)を集計したことで、ベゾス氏は特段の怒りを買っている。トランプ氏は、ベゾス氏がポスト紙所有で「自分自身に大きな不利益をもたらし」、「多くの敵」を作ったと主張する。
とはいえ、トランプ氏は企業からの批判や敵が多い割に、役員クラスやウォール街からの支持がないわけではない。キー・スクエア・キャピタル・マネジメントのCEOで、トランプ氏の強い支持者でもあるスコット・ベセント氏は、「役職を問わずうまくいった。マーケットは好調だったし実質賃金は上昇し、とても良い時代だった」と振り返る。
支持者だと名乗り出ていない他の著名なCEOも、トランプ前政権を称賛している。ダイモン氏は1月、スイスのダボスで開催された世界経済フォーラムで、次のように述べた。「彼は北大西洋条約機構(NATO)や移民問題についてある意味、正しかった。彼は経済をかなり成長させた。税制改革はうまくいった。対中政策のいくつかは正しかった」。
トランプ氏はこれを喜んだ。同氏は昨年、自身が立ち上げたソーシャルメディアのトゥルース・ソーシャルでダイモン氏のことを「非常に過大評価されているグローバリスト」と攻撃したが、いまでは政治家としてのキャリアを考えているとされるダイモン氏を財務長官に起用することも想定し得ると方向転換した。トランプ氏は「彼は私が検討すべき人物だ」と発言している。(ダイモン氏のスポークスマンはコメントを控えた)
報復への懸念も
ビジネスリーダーに対して定期的に怒りをあらわにしてきたトランプ氏だが、第2次政権では彼らの登用を熱望しているようだ。ノースダコタ州のダグ・バーガム知事はハイテク企業の元CEOだが、副大統領の最終候補者リストに入り、政権入りする可能性がある。ベセント氏も財務長官候補だ。
少し前まで敵対する可能性があると考えられていた経営者についても、トランプ氏は受け入れている。ヤンキン氏のことを「最盛期にある」と持ち上げ、「私の政権にぜひ迎えたい」と発言している。そしてトランプ氏が最終的に副大統領候補に選んだバンス上院議員はベンチャーキャピタリストだった。
それでも、トランプ氏の返り咲きに不安を感じる経営者は多い。アメリカン・エキスプレスの元会長兼CEOのケン・シュノールト氏は、トランプ氏の脅しが企業のリーダーたちを萎縮させていると言う。「報復があることを大いに恐れているからだ」。
トランプ氏が大統領在任中にAT&Tによる850億ドル規模のタイム・ワーナー(現ワーナー・ブラザース・ディスカバリー)買収に反対したほか、政権に関する報道への不快感からCNNを売却させようとしたとの懸念をシュノールト氏は挙げた。
外交政策
共和党が長年掲げてきた自由貿易支持の正統性を政権1期目に破壊したトランプ氏は関税導入を擁護するとともに、大統領に返り咲いた場合はこれをさらに推し進める考えを示した。
トランプ氏は高率の輸入関税法を成立させたウィリアム・マッキンリー第25代大統領について、「マッキンリー氏は米国を豊かにした。彼は最も過小評価されている大統領だ」と指摘。トランプ氏の理解によれば、「関税王」マッキンリー氏の後任らはニューディールなど多くの支出を必要とする政府プログラムによってマッキンリー氏の遺産を食いつぶし、経済運営の重要な手段を阻害したという。
トランプ氏は関税を導入すれば潜在的な敵対国も関税を撤廃するよう頼みに来るとし、交渉を有利に進められると説明。実に賢明な施策である関税に反対する人が多いのは信じられないと語った。
バイデン大統領はトランプ氏が導入した対中関税を維持し、多くの業界団体や消費者団体を驚かせた。バイデン氏はさらに、鉄鋼やアルミニウム、半導体、電気自動車(EV)、バッテリーなどの関税を引き上げた。超党派の消費者擁護団体、米消費者選択センター(CCC)のヤエル・オソウスキー副ディレクターは5月に「これは全て選挙に向け『タフガイ』政治の名の下で行われたが、全面的な物価上昇をもたらすだろう」と述べた。
しかし、トランプ氏の考えでは、バイデン氏の措置は中国が米国の経済と安全保障にもたらす脅威について自分が正しく認識し、民主党が間違っていたことの証明だということになる。そして欧州の同盟国などに対しても同様の措置を講じる構えだ。トランプ氏は諸外国の米国産品購入が不十分だとして、中国からの輸入品への60-100%の追加関税だけでなく、他の国からの輸入品にも一律10%の関税を課すと述べた。
その上でトランプ氏は「われわれは不当な扱いを受けている。しかし私はその全てを、その文化を変えつつあった」と述べ、大統領に返り咲けば仕事をやり遂げる考えを示した。
台湾・サウジ
外交政策に取引を絡めるトランプ氏の考えと、あらゆるディールに「勝ちたい」という願望は世界中に影響を及ぼす可能性があり、米国の同盟を損ねる恐れさえある。中国から台湾を防衛するという米国のコミットメントについてトランプ氏に尋ねたが、最近の台湾に対する超党派の支持にもかかわらず、中国が侵攻した場合に立ち向かうことに関してはせいぜい鈍い反応だった。
同氏の懐疑的な態度の一部には、経済面の不満がある。「台湾はわれわれの半導体ビジネスを奪った」とし、「われわれはどれほど愚かなのか。彼らはわれわれの半導体ビジネスを全て奪った。彼らはとてつもない富を得ている」と発言。同氏が望んでいるのは台湾が米国に防衛代金を支払うことだ。「保険契約と何ら変わらないと思う。なぜわれわれはこうしたことをしているのか」と問いかけた。
トランプ前大統領が懐疑的になる別の要因は、地球の反対側にある小さな島の防衛には現実的な難しさもあると考えている点だ。「台湾は9500マイル(1万5290キロ)も離れている。中国からは68マイル離れている」とトランプ氏は話す。台湾に対するコミットメントを放棄すれば、米外交政策の劇的な転換を意味することになるが、トランプ氏の発言はこうした関係の条件を根本的に変える用意があるように聞こえる。
対照的に、サウジアラビアについてのトランプ氏の見解はより友好的だ。過去半年以内にムハンマド皇太子と話をしたと述べたが、そのやり取りの性格や頻度に関しては詳しい説明を控えた。
米国の石油・ガス生産が増えた場合、エネルギーにおける優位性を維持したいサウジの動揺を招くことを心配しているかと尋ねられたトランプ氏は、そうは思わないと答え、個人的な関係を再度指摘した。ムハンマド皇太子について、「彼は私を好きだし、私も彼のことが好きだ」と言い、「彼らは常に保護を必要とするだろう。彼らは元来守られていない」とした上で、「私は常に彼らを守る」と語った。
トランプ前大統領はバイデン大統領とオバマ元大統領がサウジとの関係を損ねたと非難し、サウジを主要な対抗者へと追いやったと主張。「彼らはもはやわれわれと共にない」とし、「彼らは中国と一緒にいる。しかし、彼らは中国と一緒になりたいわけではない。彼らはわれわれと共にありたいのだ」と述べた。
トランプ氏にとって、サウジとの関係を緊密化したい理由は米外交政策にとどまらない。多額の金がかかっているのだ。7月1日、トランプ・オーガニゼーションとDARグローバルはジッダにトランプタワーと高級ホテルを建設する計画を発表。娘婿のジャレッド・クシュナー氏が設立した投資ファンドも、サウジ政府系ファンドから20億ドル相当の投資を得ている。
シリコンバレー
トランプ氏は大統領在任中とその後、米テクノロジー業界を頻繁に標的にした。大半の期間にわたり、フェイスブックやグーグルといった企業に対する不満のはけ口として同氏が選んだプラットフォームはツイッター(現X)だった。イーロン・マスク氏による買収前のツイッター自体も標的となった。
トランプ氏は2020年、1996年通信品位法230条に基づくソーシャルメディアプラットフォームの法的保護を縮小する大統領令に署名。政府はアマゾンやアップル、フェイスブック、グーグルに対する反トラスト法(独占禁止法)調査を開始し、バイデン政権下でもそうした動きが継続・拡大している。
巨大テクノロジー企業に対するトランプ氏の攻撃は、必ずしも政策や主義主張を厳格に反映したものではない。同氏の関税案と同様、少なくとも企業やCEOが応じざるを得ない交渉上のポジションを確保するためのてこのような役割を果たしてきた。
かつてトランプ氏ら共和党員が訴えていた不満の中心は、テクノロジー企業が保守派に偏見を持っており、保守派に対しシャドーバンやデプラットフォームを行い、検索結果で右寄りの情報源を抑え込んでいる(とされる)ことだった。現在、トランプ氏はより広くアピールする問題に焦点を合わせている。「テック企業はあまりにも巨大になり、力を持ち過ぎており、特に若者たちに深刻な悪影響を与えている」と同氏は主張している。
こうした姿勢は、テレビドラマがいかに世論を形成し得るかについてのトランプの理解から生じているかもしれない。ザッカーバーグ氏は2月、上院で開かれたテクノロジー企業幹部の公聴会で、ソーシャルメディアの乱用が子どもを自殺に追い込んだと批判され、家族への謝罪を求められた。トランプ氏はこれを選挙キャンペーンに利用し、ソーシャルメディア企業に「若者をだめにしてほしくない。自殺者まで出ている。何が起きているかは明白だ」と語った。
しかし、しばらくすると、トランプ氏は中国のテクノロジー覇権に対する重要な防波堤として、同じプラットフォームの多くを擁護している。トランプ氏が望んでいるのは、そうした米企業に対し優位に立つことで、外国の競争相手がそれらに取って代わることではない。同氏は自らがバッシングしていた企業について、「非常に尊重している。猛然と追及すれば、損なわれるかもしれない。破壊は望んでいない」と述べた。
米テック企業に害を与えたくない、外国企業よりも国内企業を優遇したいというトランプ氏の主張の唯一の例外が、中国発の動画共有アプリ「TikTok(ティックトック)」だ。トランプ氏は最近、このプラットフォームで投稿デビューし、既にかなりの人気を得ている。米国でこれを禁止することは、自身が報いたいと考えていない企業と経営トップを利することになると同氏は指摘した。
トランプ氏は「今の考えでは、TikTokを支持している。われわれには競争が必要だからだ。TikTokがなければ、フェイスブックとインスタグラムが使われることになる」と説明。それは同氏にとって受け入れがたい事態だ。同氏は、21年1月6日の連邦議事堂襲撃事件を受けてフェイスブックが同氏のアカウントを凍結する決定を下したことになおも根に持っている。
仮想通貨
トランプ氏は、暗号資産(仮想通貨)に対しても同様のダイナミクスで態度を一変させている。つい最近まで「詐欺」や「大惨事が待ち受けている」として、ビットコインを批判していたが、今やすべての仮想通貨は「MADE IN THE USA!!!(米国産)」にすべきだと主張。自身の方針転換を政策的な必須事項だと位置付け、「われわれがやらなければ、中国がその方法を見つけ出すだろう。中国が握るか、それ以外の国かだ」との見解を示した。
仮想通貨業界は、潤沢な資金流入に恵まれながらも、民主党からは毛嫌いされる傾向にあり、必然的にワシントンとのつながりを求めてトランプ氏に歩み寄る道を見いだしている。
仮想通貨投資会社パラダイムのポリシーディレクター、ジャスティン・スローター氏は、「米証券取引委員会(SEC)による規制措置が大きく影響し、バイデン政権はアンチ仮想通貨色が前面に出てしまっている」と指摘。「調査によれば、仮想通貨を保有する民主党員は約20%で、比較的若年層と非白人による保有が高いことを考慮すると、これは政治的に賢明なことではない」と分析する。
トランプ氏は、政権と仮想通貨業界との溝を埋めるために動き出しており、5月に行ったスピーチでは、「仮想通貨の破滅を招くジョー・バイデンの改革を阻止する」と宣言。その翌月にはマールアラーゴで開いたビットコインのマイニング(採掘)企業数社との資金集めイベントで成果を挙げている。トランプ陣営は現在、仮想通貨での政治献金を受け付けている。
不確実な未来
米企業とその経営陣に対するトランプ氏の考え方が、突如これまでになく重要になってきた。FRB、経済、その他世界中の重要な問題についてもそうだ。
6月27日に行われた米大統領選に向けたテレビ討論会でのバイデン氏の失態は、現大統領の認知能力に対する疑念を一気に高め、民主党を危機に陥れた。その上、多くの世論調査でトランプ氏に明確なリードをもたらした。暗殺未遂事件を乗り越えたこともあり、すでに強固だったトランプ氏の政治的不可侵性をさらに強めた可能性がある。
「討論会は確かに大きな影響を与えた」とトランプ氏は9日、電話取材で述べた。銃撃事件の4日前のことだ。「多くの州が今まさに結果を発表し始めているが、非常に大きな波が起きている」。
バイデン氏が選挙戦から撤退すべきかどうか尋ねられると、トランプ氏は「それは彼が決めるべきことだ。ただ、彼が選挙戦に残るか撤退するかにかかわらず、わが国は大きな危機に瀕していると思う」と答えた。民主党の候補者リストのトップに立つ可能性があるとされているカマラ・ハリス副大統領についても、「あまり違いはないだろう。彼女についても、私はバイデン氏と同じように形容するだろう」と述べた。選挙日まではまだ数カ月あり、選挙戦の流れが変わる可能性は大いにある。
とはいえ、バイデン氏の討論会での失態の数日前、マールアラーゴに戻ったトランプ氏は、高まってきた幸運の予感に乗りつつあるように見えた。インタビュー中、同リゾートで長く働く常務取締役が立ち寄ると、トランプ氏は10月に入会金を70万ドルから100万ドルに引き上げ、新たな会員枠を4つ設けると話した。おそらく、次期大統領に近づくことによる価値の高まりを示唆していたのではないか。
インタビューの最後、トランプ氏は自慢げに「トランプはすべてにおいて正しかった」と書かれた帽子をブルームバーグ・ビジネスウィークに贈呈しようとした。トランプ氏のスローガン「MAGA(Make America Great Again=米国を再び偉大に)」のロゴ入り帽子の新バージョンだ。われわれは丁重にお断りした。最終的に判断するのは有権者だ。
(原文は「ブルームバーグ・ビジネスウィーク」誌に掲載)
原題:Trump on What He’d Do With Taxes, Tariffs, the Fed and More (Correct)(抜粋)