▽米中関税戦争の一時休戦、リセッション回避か-景気減速は避けられず<bloomberg日本語版>2025年5月13日 9:42 JST

Jarrell Dillard、Jonnelle Marte

  • 雇用への影響5月末までに表面化、インフレ加速も来月の統計反映か
  • 需要前倒しや高まる物価圧力、政策不透明感が雇用や消費の重しに

トランプ米政権による中国との暫定的な貿易合意は、米経済が年内に本格的なリセッション(景気後退)に陥るリスクを軽減するとしても、今年の景気減速の防止には間に合わなかったと、エコノミストらは指摘している。

  5月末までには雇用への打撃が労働市場のデータに表れ始める可能性があり、インフレの加速も来月発表予定の統計で顕在化すると見込まれている。

  こうした状況を踏まえると、12日公表された米中関税戦争の休戦措置を考慮しても、今年の米経済成長は前年よりも大きく減速する見通しだ。米中関税協議の合意に基づき米国は対中関税を30%に引き下げる。先月導入された145%の関税に比べてはるかに低いとはいえ、トランプ大統領が就任した1月時点と比べれば依然として大幅な引き上げと言える。

  EYのチーフエコノミスト、グレゴリー・ダコ氏は「今回の一時的な関税緩和は注目に値する緊張緩和ではあるが、景気減速を防ぐには至らない」と指摘。「需要の前倒しや高まる物価圧力、そして深刻な政策の不確実性が引き続き雇用と消費に重くのしかかる」と述べた。

  米中両国が12日に発表した90日間の関税引き下げは投資家の間で歓迎され、S&P500種株価指数は2カ月以上ぶりの高値をつけた。エコノミストの警鐘をよそに、経済活動の主要な指標は目に見える弱さをまだ示しておらず、金融市場には一定の支えとなっている。

  たとえば小売売上高は、3月に2年ぶりの大幅な伸びを記録。関税引き上げ前に消費者が購入を急いだことを示唆した。一方、労働市場では5月2日に発表された雇用統計で、4月最初の数週間に運輸・倉庫業界が需要急増に対応し採用を増やしたことが示された。

  今後の焦点は、家庭や企業が90日間の関税緩和期間を活用してさらに在庫の積み増しを行うかどうかだ。ムーディーズ・アナリティクスのチーフエコノミスト、マーク・ザンディ氏は懐疑的で、5月26日のメモリアルデーの祝日までに失業保険申請件数が増加し始め、6月の雇用統計で雇用の減速が明確になると見込んでいる。

  ザンディ氏は「見通しに変化はない。私は当局が近く中国や他国と合意に達し、貿易戦争を沈静化させると予想していたが、実際のところ戦争は続いている」と指摘。「前倒し需要の反動は今月から始まり、6月、7月にかけて続くだろう」との見方を示した。

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原題:US-China Truce Likely to Avert Recession But Not Coming Slowdown(抜粋)

▽米中、関税率115%ポイント引き下げで合意:識者はこうみる<ロイター日本語版>2025年5月13日午前 10:03 GMT+9

米中、関税率115%ポイント引き下げで合意:識者はこうみる

[東京 12日 ロイター] – 米国と中国は12日、両国の貿易問題を巡り10─11日にスイスのジュネーブで行った閣僚級協議で、相互に発動した関税率を115%ポイント引き下げることで合意したと発表した。経済・貿易関係に関し協議を継続するメカニズムを構築するとした。

市場関係者に見方を聞いた。

◎早期に合意しポジティブサプライズ、目先は株高鈍化も<松井証券 シニアマーケットアナリスト 窪田朋一郎氏>
米中合意にはもう少し時間がかかるという見方があったので、早く協議がまとまったという点ではポジティブなサプライズとなった。関税の引き下げ幅も想定より大きく、米中の交渉が長引くという思惑で消極的だった投資家のショートカバーを誘発し、株高、円安でリスクオフの修正が一気に進んだ。ただ、元々関税がなかったところから引き上げられていることは事実なので、注意してみておきたい。

日経平均は大幅上昇し、3万8000円台を回復している。一方、目先は4万円台まで戻すのは難しいとみている。関税が発動しているという事実がある上、日米では交渉がまとまっていないのも気掛かりだ。足元では米金利が再び上昇基調にあり、株価の上値を抑えやすい。

市場の関心は徐々に関税交渉から米国の財政問題に移っていくとみられ、金利が上昇しやすい環境になるのではないか。株価が一番上がるのはショートカバーの局面で、これまで順調に上昇してきたことも踏まえると、今後は上昇が鈍くなる可能性もあるだろう。

◎市場の悲観修正続く、ドル150円台回復も<三菱UFJモルガン・スタンレー証券 チーフ為替ストラテジスト 植野大作氏>

英国に続き、中国も米国との貿易交渉で合意に達したことで、市場では過度の悲観が修正される形で、円売りやドル買いが活発となっている。相次いだトランプ関税で強まっていたリスクオフムードは、既に「陰の極み」を通過した可能性が高い。

ドルは1月の年初来高値158円台から、4月安値の139円台までの下げ幅の半値戻しにあたる148円半ばまで上昇した。このまま下げ幅をすべて埋めるような切り返しとなるかはわからないが、積み上がった円買いポジションの大きさなどを考慮すれば、150円付近へもう一段上昇する公算は十分にある。

今後の交渉がいつ、どのような形でまとまっていくのかは予想できないし、90日間の期限が設けられたことを依然警戒する声もある。だが、今回の円高局面で円を買っていたのは企業や投資家ではなく、投機筋が主体だった。悲観をもてはやした円買いやドル売りが反転する過程で、ドル/円の反発力はそれなり持続すると見ている。

◎ポジティブサプライズ、円債には売り材料<三井住友トラスト・アセットマネジメント シニアストラテジスト 稲留克俊氏>

週末にトランプ米大統領が示唆していたより、また市場が事前に予想していた最も楽観的な税率と比べても大きな関税引き下げとなったため、市場には完全なポジティブサプライズだった。

それが安全資産としての国債需要をいったん弱める結果となり、日本国債先物は夜間取引から売られており、けさも売り先行、金利は上昇してスタートしている。

米中の関税協議の進展を受けたリスクオフ・ムードの緩和が主因となり金利を全体的に押し上げているといえるが、日本については「関税を巡る不透明感から日銀は利上げに動くことが難しい」との見方が幾分揺り戻され、利上げ観測が多少高まっていることが中期・長期ゾーンの追加的な売り手掛かりとなっている。

一方、超長期ゾーンは本日30年利付国債入札を控えていることや財政不安が引き続き重しとなりそうだ。

◎リスクなくなったわけではない<ブランディワイン・グローバルのポートフォリオマネジャー、パトリック・ケーザー氏>

懸念の後退は短期的には好材料だが、1週間後、1カ月後の経済や市場については必ずしも多くを語ってはいない。

不確実性はまだある。企業が支出を決定するのはまだ難しい。市場はリスクがなくなったかのように振る舞っているが、企業の多くがこのように考えているとは思わない。

ナスダックは他の市場よりも上昇した。シクリカル銘柄にとっては明らかに安堵の日だが、繰り返すが、これが必ずしも持続可能だとは思わない。

◎深読み禁物、将来的なエスカレーションの可能性残る<オックスフォード・エコノミクスの米担当チーフエコノミスト、ライアン・スウィート氏>

米国と中国が今後90日間関税を大幅に引き下げることで合意したため、国内総生産(GDP)伸び率、失業率、インフレ率の短期ベースライン予測を変更する必要がある。米連邦準備理事会(FRB)は、インフレと成長への最終的な影響を見極める上で関税の変動にとらわれてはいないため、予想の変更によって状況が大きく変わることはない。

当社の今年のリセッション(景気後退)確率は、以前は五分五分以上であったが、今回の発表を受けて35%に低下した。しかし、第1次貿易戦争で学んだように、1つの合意に過度の深読みは禁物だ。関税が交渉の駆け引きに使われることから、将来的なエスカレーションの可能性は大きくはないが残っている。そうなれば、貿易政策の不確実性は不快なほど高くなり、将来的にサプライチェーンが大きく混乱する可能性が出てくる。

◎中国は望む全てを手に入れた<フォリオビヨンド(ニューヨーク)のチーフストラテジスト、ディーン・スミス氏>

ジュネーブでの会談で中国は望んだ全てを手に入れ、何も譲歩しなかった。法外な145%の関税は撤廃され、ほぼ確実に永久に撤廃された。そして中国は、今後の協議の文脈と議題を練るために90日間の猶予を得た。

一方、米国は、双方の合意をいつかまとめることについて話し合うという合意を得ただけで、実質的に何も得られなかった。トランプ政権がこれを米国の天才的な交渉の勝利だと喧伝するのは、滑稽極まりない。

◎ドル/円は一段高の可能性、対EU交渉も注視<みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト 唐鎌大輔氏>

米中の貿易対立が相互関税の発表された4月2日以前の状態に戻ったことで、ドル/円も同時期以来の水準へ切り返している。投機筋の間で大きく積み上がった円買いポジションの解消には好機と言え、ドルはもう一段の上昇があり得るとみている。

今後のポイントは90日間の関税率引き上げ停止措置の扱いなどだが、同時に欧州連合(EU)との交渉にも警戒が必要だとみている。対EUの貿易赤字は今年、中国を上回る可能性もある規模で、米国が目指す貿易不均衡の是正には最も重要な交渉相手の一つである。

欧州委員会は前週、対米交渉の行方次第で対抗措置を講じる考えを示した。2国間交渉が難しい相手でもあり、協議はややエスカレートしているようにもみえる。どう合意を取り付けるのか注視したい。

◎予想以上、相互関税発表前のドル150円が上値めど<三井住友銀行 チーフ為替ストラテジスト 鈴木浩史氏>

予想以上の結果だった。対話の枠組みだけ設定する内容にとどまるとみていたが、米中双方が115%関税を引き下げることで合意し、市場のベストシナリオに近いところだ。90日間という期間も大きく、1-2週間の短期間で覆る話ではなく、目先はドル買い/円売りに転じやすい。4月の相互関税発表前はドル150円ちょうど付近で推移していたため、いったんその水準が上値めどとなると考えている。

円買いポジションもたまっていたため150円を超える上昇もあり得るが、中期的には、米国の利下げ観測を剥落させる展開になるかどうかだとみている。実体経済、ファンダメンタルズを見極めていくことになる。

◎株価に追い風、日米協議の早期決着が焦点<しんきんアセットマネジメント投信 シニアファンド・マネージャー 藤原直樹氏>

具体的な成果が示されたことは、株価にプラスと言える。米株先物の大幅高やドル/円の上昇を受けて、日経平均先物は大幅高で推移している。米国市場でも株価が好反応となれば、あすの東京市場で日経平均は3万8000円を上回ってもおかしくない。

株高に追い風の環境が整ってきている印象だ。高関税を巡る議論をこれ以上長引かせると、いつ再びドル安、米株安、米債券安となってもおかしくない。米国側の交渉姿勢は、ここからは強気ではなく軟化していくのではないか。関税率がマイルドになればインフレ影響は限られ、米連邦準備理事会(FRB)は利下げに動ける。関税収入が徐々に溜まることは、減税の原資にもなる。

もっとも、日本株にとっては、日本政府がこの流れに乗り遅れないかが焦点になる。日米協議が長引くようなら、企業にとって国際競争の面から不利となる。マネーは米国や中国にシフトしかねず、日本株が海外株に対して出遅れるリスクがあり、注意が必要になる。

◎初期反応はプラス、日経3万9000円乗せも<楽天証券経済研究所 シニアマーケットアナリスト 土信田雅之氏>

米中協議の内容は、数字のインパクトからして初期反応は株式市場にとってプラスで反応しそうだ。為替の議論も上がらなかったという点は、ドル/円相場の円高警戒が薄れ、日本株にとっても好感されやすい。目先の日経平均は3万9000円台まで上昇していく可能性があるとみている。

ただ、注意しなければならないのは、現行の追加関税率で10%を維持し、24%ポイント分を90日間停止する方針なので、まだ話し合うべき項目が多く合意まで時間がかかりそうだ、という点だ。この先の交渉がハードになっていく可能性も意識されるため、株価の上昇基調がどのくらい続くかは現時点では不透明だろう。