
加藤勝信財務相が2日に出演したテレビ番組で、日本が大量に保有する米国債が日米関税交渉のカードになるとの考えを示した。数日後、米国債の売却に言及したわけではないと火消しに回ったが、米国へ心理的な圧力をかけられる〝武器〟を持っていることを改めて明らかにした意味は大きい。国債売却がもたらす金利上昇は、トランプ米大統領がきわめて嫌うアキレス腱だからだ。
「交渉のカードになるものは全て盤上に置き議論していくのは当然だ」
加藤氏はテレビ東京の番組で日本が持つ米国債についてこう語った。一方で「カードを切るか切らないかは別」とも指摘。米国債は米国の支援のためでなく「日本がいざとなれば(為替)介入するための流動性を考えながら運用している」とも述べた。
ただ、加藤氏は4日、訪問先のイタリア・ミラノでの会見で「米国債の売却を日米交渉の手段にすることは考えていない」と軌道修正。2日の発言が海外で報道され広く注目を集めたからだ。
国債が売られれば国債の価格が下がり、金利は上がる。米国債の最大保有国である日本が本気で売るつもりだととらえられれば、市場で売りが広がる恐れがあった。
また、加藤氏には、1997年の橋本龍太郎首相(当時)のしくじりへの反省もあったとみられる。同年6月、橋本氏が米コロンビア大学で講演したとき「何回か米国債を大幅に売りたい誘惑に駆られた」とジョーク交じりに発言。株価暴落など金融市場の大混乱につながっている。
2日の加藤氏の発言がうっかりだったのか確信犯だったのかはよく分からない。だが、いざとなれば米国債売却という〝最終兵器〟があることを示したのは効果的といえる。トランプ氏は、株価より金利の動向に敏感だからだ。
一例が、4月上旬の「相互関税」をめぐる動きだ。同月5日、米国が各国・地域に一律10%の「第1弾」を発動すると、前後で米国をはじめとする世界の株価が急落。トランプ氏は方針を変えなかった。
だが、9日、各国・地域ごとに税率の異なる上乗せ関税を課す「第2弾」を発動したときは違った。発動直前から国債が売られ始め、同日、長期金利の指標となる米10年債利回りは一時4・5%を超え、3営業日で0・6ポイントも上昇した。トランプ氏はすぐに中国を除いて上乗せ関税の発動を90日間停止した。金利上昇にあわてたからとみられている。
金利の上昇は住宅、車などをローンで買っている人が多い米国民の返済負担を増やし、消費を冷え込ませる。融資を受けビジネスをしている企業も同じだ。不動産やカジノなどを営んできたトランプ氏には、その苦しさが実感をもって分かるのだろう。
上乗せ関税の発動前後で国債が売られた理由として市場であがっている中で無視できないのが「関税政策の最大のターゲットになっている中国が報復で売ったのではないか」という見方だ。
米財務省によると、今年2月時点で米国債を保有する国・地域の首位は日本で1兆1259億ドル、2位は中国で7843億ドル、3位は英国で7503億ドル。本当に中国が売ったのか定かでないが、「中国が少しでも米国債を売れば、米国経済に大打撃を与えうる」という恐怖がその見方にはある。同じ存在感は日本にもあてはまるだろう。
もちろん、米国の金利が上がり経済が傷めば、日本やほかの国にも悪影響が波及する。日本は実際にはやみくもに米国債を売ることができないだろう。だが、トランプ政権は同盟国の日本にも、米国の損得勘定を最優先した自動車関税などのディール(取引)を仕掛けてきている。それに立ち向かうためには、いざとなれば米経済に大打撃を与えうる米国債を「抑止力」として日本が持っていると意識させるしたたかさが必要ではないか。
「簡単には売却しない」と言い続けるだけでも日本の米国債保有に意識を向けさせられるだろう。石破茂政権には、米国と対等に渡り合っていくための知恵を絞ってもらいたい。(山口暢彦)
