▽「ゾンビ」企業つぶさず-中国指導部、国民の反発恐れ雇用維持優先

Colum Murphy、Yujing Liu

  • 過剰生産でも工場の閉鎖は難しい-ゾンビ企業は23年に27%増える
  • 経営難に陥った企業の多く、たとえ望んでも撤退できないのが現実
Workers operate on a bottling line for bailiu liquor at the Shaanxi Qinyang Changsheng Brewing Co. in Hanzhong, China on Thursday, 08 May 2025.
Workers operate on a bottling line for bailiu liquor at the Shaanxi Qinyang Changsheng Brewing Co. in Hanzhong, China on Thursday, 08 May 2025. Photographer: Qilai Shen/Bloomberg

中国北西部にある創業69年の酒造所では、十数人の作業員が「白酒」と呼ばれる中国で最も人気のある蒸留酒の瓶に、手作業でラベルを貼っている。

   2020年以降不採算が続く陜西秦洋長生酒業のこの非効率的な現場の様子は、ロボットによる自動化が進む中国において一見異質に映るかもしれない。

   しかし、実際には国内各地で同様の光景が見られる。企業の経営者や地方政府が雇用維持と、経営難にある企業の存続に力を入れているためだ。

  陜西秦洋の肖玉祥会長の娘でマーケティングを担当する肖メイカン氏(35)は 「工場を閉鎖すれば、従業員は収入を失い、年金も受け取れなくなる。閉鎖は地域に大きな社会問題を引き起こす」と言う。この工場では、政府の貧困緩和プログラム対象者を含む300人が雇用されている。

  中国は1990年代、非効率な企業を多数閉鎖し、数千万人の労働者を解雇するという厳しい措置を通じて、世界一の製造大国へと急成長する土台を築いた。しかし、現在19兆ドル(約2750兆円)規模となった中国経済は減速。多くの製品の需要が飽和状態にある。

  長引く不動産危機で消費者心理も冷え込み、物価が下落する中、消費者の節約志向は強まっている。その結果、中国では赤字を出している工業企業の割合が2001年以来最も高い水準に達している。地方政府は多額の債務を抱えながらも、雇用と税収の喪失を回避するため、減税や補助金の投入を進めている。

Shaanxi Qingyang Changsheng Brewing Co. Factory in Hanzhong
陜西秦洋長生酒業Photographer: Qilai Shen/Bloomberg

  中国共産党指導部は、失業による社会不安の回避と、過剰生産による国内デフレと欧米や中南米諸国の反ダンピング(不当廉売)関税を引き起こしている非効率企業の淘汰(とうた)という相反する課題に直面している。

  アジア・ソサエティ政策研究所中国分析センターのニール・トーマス研究員(中国政治担当)は、経済成長以上に政治的に敏感な問題が雇用だと指摘。

  「失業者は抗議活動によって失うものが少ないと見なされており、そのためより大きな脅威とされている」と述べ、「産業の過剰設備を削減しようとする中央政府の取り組みは、影響を受ける企業の従業員や経営者のみならず、社会の安定維持が評価指標となっている地方当局の反発にも直面する可能性が高い」との見方を示す。

Shaanxi Qingyang Changsheng Brewing Co. Factory in Hanzhong
瓶詰め作業Photographer: Qilai Shen/Bloomberg

  関税を巡る習近平党総書記(国家主席)とトランプ米大統領の対立も状況を悪化させている。米中貿易戦争によって、中国の対米輸出が落ち込み、中国国内で数百万人分の雇用が脅かされている。

  米中関税合戦の休戦合意により追加関税は145%から30%に引き下げられたが、製造業は中国の労働力全体の2割を占める。この割合は米国の2倍以上だ。

  習指導部による決して米国に屈しないとの姿勢は国民から歓迎されているが、大規模な解雇が発生すれば、こうした支持は一気に崩れかねない。

  新型コロナウイルス対策として習指導部が続けていた厳格なロックダウン(都市封鎖)を伴う「ゼロコロナ」政策が22年終盤に突然打ち切られたのは、全国的な抗議活動がきっかけだった。

過剰生産

  すでに労働市場の悪化はセンシティブな話題になりつつある。大手求人サイトの智聯招聘は、少なくとも10年以上提供していた給与データの公表を今年からひそかに中止している。

  習指導部は過剰生産の是正が必要との認識を示している。習氏と李強首相は今年3月、インターネット上のスラングで「内巻」と呼ばれる過当競争の解消を誓った。この言葉は、過剰な競争によって企業や労働者が報われない努力を強いられる状況を指す。

China Covid Unrest Boils Over as Citizens Defy Lockdown Efforts
コロナ関連の抗議活動(2022年、北京)Source: Bloomberg

  とはいえ、行政機構におけるインセンティブ構造を改革しなければ、地方官僚のやり方を打ち破るのは難しい。中国の官僚は自らの管轄地域の経済成長で評価され、投資誘致が成果を上げやすい手段となっている。生産者から徴収する「増値税」も、地方政府の財源の一つだ。

  政府高官は金融機関に対して、政府の補助金や銀行融資によって存続しているいわゆる「ゾンビ」企業への信用供与を打ち切るよう強く求めている。

  中国国内に現在どれほどのゾンビ企業が存在するかについて公式な統計はないが、コンサルティング会社カーニーによれば、こうした企業は23年に中国で27%増加した。全企業に占める割合は3.4%だという。

「悲しい現実」

  中国の内陸部、特にかつて石炭の一大生産地だった山西省は、赤字企業が集中する地域として深刻さを浮き彫りにしている。24年には工業企業の約4割が赤字を計上し、全国平均の2倍近くに達した。 

  習指導部は欧米頼みからの脱却を目指し、インフラや不動産から新エネルギー分野への投資シフトを進めている。山西省では太陽光発電と電気自動車(EV)、リチウムイオン電池の「新三様」が成長分野として位置付けられている。

  しかし、トラックメーカーの大運汽車は、そうした方針の犠牲になっている。EV分野へと転換を図ったが、高級セダンの販売は伸び悩み、「中国版ベントレー」とのアピールも実を結ばなかった。隆盛を極めた時期、大運は人口500万の古都、運城で最高水準の給与で数千人を雇用していた。

  「中国経済の悲しい現実だ」と語るのは、20年前に大運で営業職として働いていたチャオ・シンチョン氏(47)だ。今は元同僚を雇って朝食店チェーンを経営している。「良い業界が見つかると、皆が群がってあっという間に利益を食いつくしてしまう」と言う。

  山西省は内陸に位置し、部品調達と完成車輸送に高コストがかかる上、部品のサプライチェーンも未成熟で、製造に向いていないという。唯一の利点は政府支援だったと同氏は振り返る。工場立地には奨励金が出され、大運のトラックは高速道路の通行料が免除された。

  大運は20年、EV事業を強化するための資金調達のため新規株式公開(IPO)を目指した。その目論見書が示しているのは、当局との強い結び付きだ。IPOを試みる前の3年間、同社ブランドのトラックは3分の1が運城の地方政府系企業1社に販売されていた。

  また、ハイテク企業として認定されたことで、利益の10%以上に相当する税制優遇措置を受けた。さらに、17-18年にEV販売による補助金が同期間利益の2割相当に達したことも公的通知で示されている。 

  こうした支援も競争が激しい中国の自動車市場では十分ではなかった。約140のEVブランドのうち、30年までに黒字化できるのは20未満とコンサルティング会社アリックスパートナーズは予測している。

  大運は昨年11月、支払い遅延を巡る訴訟を受け、裁判所の管理下で再建手続きに入った。しかし、元・現社員によれば、全従業員の約半数を削減した後、大運はトラックの生産を再開している。

  地元住民にとって、大運の倒産は考えられない事態だ。ブルームバーグの取材に対し複数の住民は、政府が支援を模索しており、投資家を探していると信じていると述べた。「政府がつぶすわけがない」とチャオ氏は話す。

  大運と運城市政府は、複数回のインタビュー要請に応じなかった。

生き残り策

  経営難に陥った企業の多くが、たとえ望んでも撤退できないのが中国の現実だ。北京の法律事務所、中倫文徳で破産案件を専門とする武堅シニアパートナーは、裁判所が破産申請を受理するのが第一関門だと説明する。いったん破産が認められると、担当裁判官は社会秩序の維持に対して個人的責任を負うためだ。  

大運の生産拠点Photographer: Qilai Shen/Bloomberg

  S&Pグローバル・レーティングのアジア太平洋地域チーフエコノミスト、ルイス・クイジス氏は「中国ではデフォルト(債務不履行)や破産が他国に比べて極めて少ない」と述べ、「破綻回避は一見魅力的だが、資源配分の効率性を損ない、健全な企業にとっても障害となる」と指摘した。

  中国は不動産デベロッパーの巨額債務問題を受け、破産制度の整備を進めている。昨年は裁判所が処理した破産案件数は20年比で3倍に増加した。その背景には地方政府の介入を排除する破産裁判所の設置があるが、全国3000以上の裁判所のうち、こうした専門の裁判所は約100カ所にとどまる。

閉鎖された大運のディーラーPhotographer: Qilai Shen/Bloomberg

  北京で政策顧問を務める李稲葵・清華大学経済学教授は、中央政府による対応を提言する。過剰生産業界に対して生産枠の割当制を導入し、その枠を他社に売却可能とすることで、企業に市場からの退出の動機を与えるという。

  陜西秦洋を会長として率いる肖氏も生き残り策を練っている。若者や公務関連の禁酒規制を見据え、ノンアルコール米酒の製造に活路を見いだしている。

肖玉祥氏Photographer: Qilai Shen/Bloomberg

  しかし、肖氏もまた、当局のより積極的な関与を求めている。雇用創出や納税に関する一定基準を満たす企業に酒類製造のライセンスを付与する制度を提案。

  過当競争を抑え、貢献度の低い企業が撤退できる仕組みが必要だと述べた上で、「今のところ、政府が問題解決に本腰を入れているようには見えない」と打ち明ける。「経済の改善は恐らく、決意のタイミングと力強さ次第」だとしている。

大運の生産拠点Photographer: Qilai Shen/Bloomberg

原題:China Keeps Unprofitable Firms Alive to Save Jobs, Avert Unrest(抜粋)