都議会選挙に42人の候補者を擁立した石丸新党「再生の道」、当選者はゼロだった。筆者はきのうこの欄で「選挙公約もなく、候補者の任期は2期8年という縛りがあるだけの政党。石丸流の政治手法が今回は有権者の評価につながらなかった」と総括した。メディアでは「ゼロ」に焦点を当てた解説が溢れている。ゼロはゼロでも、その裏に潜んでいる新しい息吹はないのだろうか?気になって今朝いくつかの記事に目を通してみた。結論めいた視点が見つかったわけではない。日本の政界はいわく言い難い“雰囲気”の中で、大義も正義もない堂々巡りを繰り返している。そんな中で石丸氏が都議会に、新たな視点を投げこもうとした事実はほとんどのメディアが取り上げていない。42人の候補者が獲得した票数は合計すると41万票に達した。一人あたり約1万票弱。決して少なくはない。本質から目を背ける政界とメディア。石丸氏は生き残れるか。

開票速報の最中にNHKの生放送に出演した石丸氏、司会者から手応えを問われて次のように答えている。「選挙の結果はあくまで都民の意識が可視化されたもの、それ以上でも以下でもない、という受け止めでした」と切り出した。この後、参院選への意気込みを問われてNHKと一悶着起こすのだが、それはこの際割愛する。要はこの時点で司会者と石丸氏の問答がまったく噛み合っていなかった。このすれ違いはNHK以外の主要メッディアとの間でも頻繁に起こっている。この噛み合わない現実にこそ、政治が混迷している最大の原因がある。推測するに石丸氏の政治活動の根底には、こうした“想い”があるのだろう。石丸氏はかねがね地方政治の二元代表制論を説いている。知事と議会議員を共に直接選挙で選出するのが二元代表制。知事が政策を提案し、議会がそれをチェックする。これが二元代表制の本質だ。

都議会に例をとれば小池知事を支える与党は自民、公明、都民ファーストの3党。知事と与党3党が手を組めば大した議論もなくほとんどの政策が成立する。都庁のプロジェクションマッピングといった政策が、何の障害もなく実現する。外国人観光客を当て込んだ観光名所作りだ。都議会の形骸化。石丸氏が言いたいのはこれだろう。形骸化を防ぐには与党に与しない勢力を拡大する以外にない。公約はいらない。与党化しない多数の議員を誕生させたいのだ。国会は一元代表制である。だから来るべき参院選挙では再生の道として公約を掲げると説明する。日本中の地方議会は形骸化している。県議会に市議会に数は少ないが村議会まである。形骸化した地方議会を改革するだけで、減税財源はいくらでも生み出せる。ついでに石破政権、こちらはDS支配で形骸化している。いや傀儡政権のほうがいいかも・・・。