先週末、7月の雇用統計が発表され新規雇用者が急減した。これを受けてトランプ大統領は、「統計が操作されている」と主張、マッケンターファー労働統計局長を解任した。堅調を維持してきた労働市場が一つの統計によって激変した。労働市場はすでに後退していたというのだ。この激変をなんと表現すれば良いのか。ありふれているが「雇用統計ショック」としか言いようがない。これを受けてさまざまな議論が起こっている。反トランプ・メディアのロイターとブルームバーグは早速「根拠のない主張」(ロイター)、「政治的な動機に基づくものだと証拠も示さずに主張」と、勝ち誇ったかのようにトランプ氏を批判した。トランプ氏が1期目に指名した元統計局長のウィリアム・ビーチ氏は、統計全体の信用に傷がつくとして「非常に有害だ」と述べている。バンス副大統領は「移民政策を反映している可能性がある」と間接的に大統領を擁護する。
7月の雇用統計では農業系を除いた新規雇用者は7万3000人増(予想11万人増)にとどまり、5〜6月分は合計で25万8000人が下方修正された。それまでトランプ氏は「好景気を誇示し、関税引き上げや減税が米経済を押し上げる」(ブルームバーグ)と主張してきた。それだけに今回の雇用統計は同氏にとって大きな痛手になる。もう一人の犠牲者はパウエルFRB議長だろう。データを軸にし金融政策を推進してきた同氏は「労働市場は堅調だが、先行き不透明感が強くインフレが加速する可能性がある」と主張。政策金利の引き下げを頑なに拒んできた。だが堅調だったはずの労働市場の実体は、5月以降すでに変調をきたしていた。2022年当初の利上げ局面でも同氏は、「物価上昇は一過性」と主張して後手を踏んだ。今回新たに後手を踏むことになれば、議長としての資質に不安がつきまとうことになる。痛手を受けたはずのトランプ氏のほくそ笑む顔が見えるようだ。
問題は5月、6月分の大幅下方修正だ。労働省は「企業や政府機関から追加的な回答を受け取り再計算した結果」と説明する。「再計算」、ここに人為的な操作が入る可能性もある。実体経済と統計に乖離があると、経済運営が難しくなる。統計には実体に劣後する性質がある。そこをどう解釈するか、これが政府や中央銀行に求められる「先見性」というやつだ。だが「言うは易く行うは難し」でもある。大元のデーターが狂えば判断も狂う。メディアや学者、評論家は局長解任は「データの信頼性を傷つける」と主張する。ハセット国家経済会議(NEC)委員長氏は統計局には「新たな視点が必要だ」と現状の問題点を示唆する。トランプ氏はいつも劇場型スタイルをとる。その都度、感情的だと批判する人もいる。だが、これを機に侃侃諤諤の議論が起こる。これはある種の「柔軟性」を示しているのかもしれない。あるいは、米経済失速の予兆なのかもしれない。トランプ氏と米経済に危険信号が点ったことは間違いない。
