安倍講演を踏襲している岸田講演だが、岸田氏の独自性が発揮されているのは「新しい資本主義」への言及だ。経済論は安倍講演にはない。岸田氏は「日本は米国のリーダーシップを信じています。そして、米国の経済を信じています。日本は世界最大の対米直接投資国です。日本企業は、約8,000億ドルを投資し、米国内で約100万人の雇用を創出しています。これらは良質な雇用であり、製造業だけで50万人の雇用を生んでいます」。これを読みながら関税交渉中に石破総理が再三にわたって言及したことばを思い出した。「日本は米国に対する世界最大の投資国であります」。総理就任にあたって岸田路線を引き継ぐと表明した石破総理、これもその証の一つだろう。同総理の胸の内を垣間見た気がした。それは置くとして、岸田氏はさらに講演を続ける。

「日本国内では、私は日本経済を牽引(けんいん)するために『新しい資本主義』という取組を推進しています。現下の課題や取組を成長の力へと変化させるために官民が連携しています。賃上げ、設備投資、株価。全てが30年ぶりの高い水準に達しました。日本経済は現在、いまだかつてない大きな変化を力にして、前進しています。成長志向の日本経済は、米国への更なる投資にもまた拍車をかけることでしょう。そして、日米両国は今後、世界経済を後押しし、力強い成長軌道へと導くことでしょう。昨日、バイデン大統領と私は、AI、量子、半導体、バイオテクノロジー、クリーン・エネルギーといった次世代の新興技術の発展において、日米両国が世界をリードすることへのコミットメントを示したところです。そしてまた、両国間の協力分野は宇宙にも広がっています。これは、明るく希望に満ちた明日への道を照らしています」。

連載コラムの(上)に書いた斉藤ジン氏の岸田評価はこの辺に関連しているのだろう。個人的にはそう推測している。安倍・岸田の両講演は核の傘の下で日本が、米国に「従属・服従・隷属」していることを認めるような発言は一切ない。とはいえ、行間に滲み出ているのは実質的な統治者である米国のご機嫌取りであり、株式会社日本の社長である総理が、必死になって己の実績を売り込んでいる姿である。両氏の講演はいずれも民主党政権下で実現している。安倍講演はオバマ政権、岸田講演はバイデン政権の時だ。岸信介氏の講演はアイゼンハワー政権(共和党)の時だが、これは1957年のこと。68年も前だ。日米関係というのは実質的に、自民党と米民主党の間で築かれてきたと言っても過言ではないだろう。日米関係を対等に戻そうなどという発想は、与野党含め今の日本政界のどこにもない。国民も米国の核の傘のもとでは仕方ないと諦めている。日本と米国の正常な関係はどうあるべきか、非現実的なテーマが頭の中で堂々巡りする。