福井謙一氏がしたためた「智自在」の書を手に持つ北川進さん(2017年5月、京都市左京区の京都大で)
北川さんが指導を受けた福井謙一氏(1996年撮影)

福井謙一氏がしたためた「智自在」の書を手に持つ北川進さん(2017年5月、京都市左京区の京都大で)

 ノーベル化学賞の受賞が決まった京都大特別教授の北川進さん(74)は、日本初のノーベル化学賞に輝いた福井謙一氏(1918~98年)の孫弟子として、京大の学生時代に指導を受けた。福井氏の下には優秀な人材が集い、「福井一門」とも呼ばれた。2019年、ノーベル化学賞を受賞した旭化成名誉フェローの吉野彰さん(77)も福井氏の孫弟子だ。日本が誇る化学研究の系譜がまた一つ、輝かしい足跡を残した。

自由な発想、体系的思考

 「学問を究めた殿様という感じ。世界を見据えた研究に挑めと言われ、非常に影響を受けた」。北川さんは懐かしそうに、福井氏から受けた薫陶の日々を振り返る。

 福井氏にしたためてもらった「智自在」という書は、宝物として大切にしている。「自由な発想のもとに色々考えたり、サイエンスをやるのを楽しんだりと、そういうことを3文字で言ったのだと思う」と話す。北川さんが指導を受けた福井謙一氏(1996年撮影)

 京大では1979年までの約6年間、福井氏の一番弟子の米沢貞次郎氏(1923~2008年)に師事した。毎週土曜に、福井、米沢両氏が合同で開いていた研究会で、福井氏は「コンセプト(基本概念)を出しなさい」と、弟子たちに物事の本質をつかむように助言し続けたという。

 「若い人が常に世界を見て 切磋琢磨せっさたくま していた。非常に高いレベルのグループにいて、プライドを植え付けられ、財産になった」と振り返る。

 北川さんは大学院を出た後、異分野の研究に取り組んだが、福井氏に学んだ理論的、体系的な考え方や本質を捉える手法は今も生きているという。

 「研究にどういう意味があるのかを突き詰める。まだ達しないけど、その伝統は受け継いでいる」

医学への応用期待…若い研究者 大きな励み

 ノーベル化学賞の受賞が決まった北川進・京都大特別教授(74)に対し、日本の歴代受賞者から祝福の声が上がった。

白川英樹・筑波大名誉教授(89)=2000年受賞

 素晴らしい研究成果で、受賞は本当にめでたい。有機化合物と無機化合物を組み合わせて作った無数の小さな空間を利用して、物質を選別したり、吸着したり、変換したりでき、様々なことに利用できる。優れた研究成果に敬意を表したい。化学工業や、環境分野だけでなく医学分野などへの応用も期待している。日本人がノーベル賞を1年で二人受賞するのは久しぶりだが、日本には受賞に値する科学者がまだたくさんいる。若い人が長い目で安心して基礎科学、応用科学に取り組める環境を整えていく必要がある。

科学技術振興機構研究開発戦略センターの野依良治・名誉センター長(87)=2001年受賞

 6年ぶりの(日本人の)ノーベル化学賞で、心よりお祝いしたい。日本の化学の伝統が続いていると世界に示してもらったことは大変ありがたい。最初に見つけた非常に貴重で小さな種を、ここまで忍耐強く育ててきたことに敬意を表したい。開発したのは、金属元素と有機化合物を合わせたもので、これを材料にすることは革新的だ。(相次ぐ日本人の受賞決定は)誇らしい。日本人が科学する心を持っていることを示し、研究者を目指す若い人たちにとっても大きな励みとなる。

▽ノーベル賞 坂口志文さん“受賞を機に 免疫研究分野 発展を”<NHK>2025年10月7日午前5時23分

ことしのノーベル生理学・医学賞の受賞者に選ばれた大阪大学特任教授の坂口志文さん(74)が6日夜、記者会見し「受賞を機会に、免疫研究の分野が発展して、研究が進むことを望んでいる」などと述べ、今後も研究を続け、病気の治療や予防につなげたいと語りました。

大阪大学特任教授の坂口さんは、過剰な免疫反応を抑える「制御性T細胞」という細胞を発見するなど、免疫学の分野で優れた業績をあげたとして、アメリカの研究者2人とともに、ことしのノーベル生理学・医学賞の受賞者に選ばれました。

【詳しくはこちら】ノーベル生理学・医学賞に坂口志文さんら 免疫学で優れた業績

受賞の発表を受けて6日夜、大学で記者会見が開かれ、坂口さんは「大変光栄で、一緒に研究してきた学生や共同研究者に深く感謝している」と述べました。

その上で「受賞を機会に、免疫研究の分野が発展して研究が進み、臨床の場で応用できるよう進展していくことを望んでいる。治療が難しい病気も有効な解決策や予防法は必ず見つかると信じているし、それに向けて今後も関わっていきたい」と抱負を語りました。

日本からのノーベル賞受賞は去年の日本被団協=日本原水爆被害者団体協議会に続き2年連続で、個人ではアメリカ国籍を取得した人を含め、4年前に物理学賞を受賞した真鍋淑郎さんに続いて29人目となります。

坂口さんは7日、大学の本部を訪れ、教職員らに改めて受賞を報告する予定です。

「制御性T細胞」とは

私たちの体の中に病気の原因となる細菌やウイルスなどの異物が侵入した際、それを攻撃し、排除するために働くのが免疫で、ヘルパーT細胞やキラーT細胞など、さまざまな種類の細胞が担っています。

ただ、何らかの原因でこうした免疫細胞が正常な組織まで攻撃してしまうことがあり、アトピーなどのアレルギーや関節リウマチなどの自己免疫疾患を引き起こすとされています。

坂口さんが発見した 「制御性T細胞」 は、こうした免疫細胞の過剰な攻撃にブレーキをかける役割を持つ細胞です。

ノーベル生理学・医学賞を選考する委員会は、この働きを病気の治療に応用しようという研究が国内外で200以上行われているとしています。

例えば、制御性T細胞の数を増やしたり、働きを活発にしたりすることで免疫細胞の過剰な攻撃にブレーキをかけ、自己免疫疾患や臓器移植に伴う拒絶反応を抑えられるのではないかと期待されています。

また、逆に制御性T細胞の数を減らしたり働きを抑えたりすることで免疫細胞へのブレーキを緩めて攻撃を強化し、がんの治療につなげようという研究も行われています。

「制御性T細胞」発見まで 20年近くにわたる長い研究

坂口志文さん家族と(2024年4月)

坂口さんが「制御性T細胞」を発見するまでには、20年近くにわたる長い研究の期間があったといいます。

京都大学医学部の学生時代は精神科の医師を目指していましたが、やがて、体を守るはずの免疫が自分の体を攻撃して起きる「自己免疫疾患」の仕組みに関心を持つようになりました。

この中で、坂口さんは別のグループが行った研究結果に注目しました。生後3日目のマウスから、「胸腺」という小さな臓器を取り出すと、さまざまな部分で自己免疫疾患の症状によく似た炎症が起きるというものです。

胸腺では体の免疫機能を担う「T細胞」というリンパ球が作られますが、胸腺を取り出しても免疫反応は弱くならず、逆に炎症が強まったのです。

坂口さんはなぜ、このような現象が起きるのか詳しく調べたいと考えて、1977年、大学院を中退し、この分野の研究を進める愛知県がんセンター研究所に入り、本格的に免疫の研究を始めました。

当時、T細胞の中には、免疫を抑える働きを持つ特殊な細胞があるという仮説があり、数多くの研究が進められていましたがなかなか特定されず、それほど注目されることはありませんでした。

1983年にアメリカに留学した坂口さんはスタンフォード大学など4つの研究機関を数年ごとに渡り歩きながら研究を続けましたが、論文を投稿してもなかなか採用されない期間が10年余りあったということです。

「制御性T細胞」の存在を確かめたと発表したのは1995年。この細胞をマウスから取り除くと、免疫機能が体を攻撃して炎症が起きますが、補うと炎症は治まることなどから免疫細胞の過剰な攻撃にブレーキをかける役割を持つ細胞であることを示しました。

さらに2003年には、今回、ともにノーベル賞に選ばれたアメリカの2人の研究者が発見した自己免疫疾患に関わる「Foxp3」という遺伝子が、「制御性T細胞」で働いているとみられることも明らかにしました。

こうして「制御性T細胞」が病気と深く関わっている可能性が示され、現在は治療への応用に向けた研究が国内外で進められています。

東京科学大の大隅良典栄誉教授(右)と電話対談