MLB最終戦でドジャースは奇跡の逆転勝利。球団初のWS連覇を達成した。立役者は山本由伸投手。MVPに輝いた。ドジャースとブルージェイズの戦力を比較すれば打撃力、守備力、走力、いずれもブ軍の方が圧倒的に上回っていた気がする。NHKで解説を担当した田口壮氏は試合前、アナウンサーに「どちらが勝つと思いますか」と質問され、「勝利への思いが強い方が最後の最後に勝つのでは」と答えていた。勝利への思いはド軍もブ軍も引けを取らなかった。32年ぶりの覇権を目指すブ軍の方が少しだけ上回っていた気もする。ではどうしてブ軍は勝てなかったのか。ヒントは試合後の山本のインタビューの中にある。彼は次のように語っている。「すごかったです。もう無心で。野球少年に戻ったような、そんな気持ちでした」(日刊スポーツ)。笑顔で話していた。
この日解説を担当した元カージナルスの田口壮氏とのやり取りでは、「相当、疲れてると思いますけど、いつ、行くっていう話になったんですか?」と聞かれ、「昨日投げ終わって、夜に治療して、一応備えてはいましたけど、今日練習して、休んでたら、いくかもみたいになって、気付いたら試合が始まって、ブルペンにいて、負けてたけど、途中で追いついて、気付いたらマウンドにいました。もう最高の気分です」(同)と答えている。記者会見では「最後に何を投げたのか思い出せない」との発言もあった。ド軍勝利のヒントはこの発言の中にある。とりわけ注目すべきは「無心」「野球少年に戻った」「気付いたらマウンドにいた」、この3つのフレーズだ。野球少年の真髄は「好きなことに打ち込む」ことに尽きる。少年たちは勝ち負けそっちのけで、無心で野球にのめり込む。投げて、打って、走る。これが大好きなのだ。
山本は最後の最後に野球少年に戻った。勝ち負けはどうでもいい。投手として最高の舞台で投げられる。勝負は意識しなかったのではないか。好きなことを好きなようにやる。肉体的には疲労困憊だったはずだ。だが気持ちは野球少年。初心にかえった山本の投球に、このシリーズ大活躍のカーク捕手はダブルプレーに切って取られた。7戦を通して守勢に回ることが多かったド軍、勝った試合はすべて僅差。猛攻を耐え忍んだチーム力にも、能力を超えた何かが宿っていた気がする。無心、無我、無欲。山本は最後の最後に一種の“悟り”に近い心境になったのではないか。若い選手が多いブ軍は強烈な勝利への意欲に燃えていた。その意欲を山本は一瞬の悟りで凌いだ。どんなスポーツにも共通する。勝利の方程式は無心になれた方に味方する。女神はドジャーズに微笑んだ。野球史に残る名勝負、末永く語り継がれることだろう。
