梅川崇、照喜納明美

  • 対策の裏付けとなる25年度補正予算の一般会計歳出は17.7兆円程度
  • 今年度補正後の国債発行額は「昨年度の42.1兆円下回る」-高市首相

政府は21日の臨時閣議で、減税などの効果を含めた21兆3000億円規模の経済対策を閣議決定した。高市早苗政権が掲げる「積極財政」方針に沿う大型で、市場は財政悪化を懸念している。

  対策の裏付けとなる2025年度補正予算の一般会計歳出は17兆7000億円程度。コロナ禍以降で最も大きくなる。ガソリン税の旧暫定税率廃止と所得税の「年収の壁」引き上げによる減税効果を計2兆7000億円見込むほか、特別会計分の歳出は約9000億円とする。  

  国費ベースで見ると、物価高対策に11兆7000億円、危機管理投資に7兆2000億円、防衛・外交力の強化に1兆7000億円を計上する。予備費7000億円も確保する。民間資金も含めた事業規模は約42兆8000億円となる。

  高市首相は閣議決定後、官邸で記者団に対し、「日本が今行うべきことは、行き過ぎた緊縮財政により国力を衰退させることではなく、積極財政により国力を強くすることだ」と強調。「成長を損なうような拙速な財政再建は、かえって財政の持続可能性を損なうということを踏まえる必要がある」と語った。

  昨年度を超える規模の経済対策を取りまとめ、高市首相は強い経済の構築へ積極財政の姿勢を示した形だ。だが、市場では財政悪化などを懸念して金利が上昇、為替市場では円安傾向が続いており、マーケットリスクの顕在化への対応を迫られる可能性がある。

  明治安田総合研究所の小玉祐一フェローチーフエコノミストは、ここ数日の国債利回り上昇の速さは、市場の動きの怖さが垣間見えるものだったと指摘。「マーケットの動きが高市氏の責任ある積極財政の動きをかなり制約する要因になる可能性が高くなった」と述べた。

  20日の日本市場では、債券が大幅下落。長期金利(新発10年債利回り)は一時1.835%に上昇し、08年以来の水準を更新した。円の対ドル相場は157円台後半に下落し、1月中旬以来の水準を付けた。  

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  高市首相は、政府債務残高対国内総生産(GDP)比を引き下げることで財政の持続性を実現し、市場からの信認を確保する考えを改めて示している。

国債発行額

  経済対策の財源については、「税収の上振れなどを活用してもなお足りない分は国債の発行により賄う」と説明。当初予算と補正予算を合わせた補正後の国債発行額は昨年度を「下回る見込みだ」とした。

  石破茂政権下で編成された24年度補正予算後の国債発行額は42兆1390億円だった。今年度の当初予算では28兆6471億円。補正予算での発行額が13兆4919億円を超えなければ昨年度を下回る計算だ。

  S&Pグローバル・レーティングスのソブリンアナリスト、レイン・イン氏は、日本は今後「社会保障や利払い、防衛に対する歳出圧力の高まりに直面する」と指摘。ただ、日本の格付けには長年の財政収支バランスの悪さなどは織り込み済みで、「状況のわずかな悪化で格付け判断が大きく悪化する可能性は低い」との見方を示した。

  S&Pの日本国債格付けは現在「A+」で、フランスや中国、サウジアラビアなどと同等の水準にある。

  片山さつき財務相は会見で、「財政の持続可能性を実現し、マーケットからの信認を確保していきたい」と語った。経済対策がインフレを助長するのではないかとの問いに対しては、「デマンドプル(需要主導)のインフレを惹起(じゃっき)する内容・規模になっているとは全く考えていない」と説明した。

  対策では、お米券など食料品の物価高騰に対する特別加算などを含む重点支援地方交付金(2兆円)や、所得税の発生する「年収の壁」見直し(1兆2000億円)により家計の負担を軽減する。

  政府は、経済対策の実質GDP押し上げ効果を24兆円程度と試算。今後3年間で経済効果が表れた場合、年成長率換算で1.4%程度とみている。

  一方、消費者物価の押し下げ効果については、電気・ガス料金への補助により来年2-4月に平均0.4%ポイント、ガソリン税の当分の間の税率廃止で年間を通じて0.3%ポイントとしている。  

  小玉氏は、物価高対策は短期的に景気を押し上げる効果があるものの、円安進行と財政出動が物価上昇圧力になるリスクもあると述べた。供給能力向上に向けた投資については、従来の成長戦略との違いが規模だけでは潜在成長率の押し上げは難しいと指摘し、質の良い投資プロジェクトの選定と構造改革の推進の重要性を強調した。

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▽「財務省は面従腹背」、首相主導で経済対策4兆円積み増し…マーケット対応にも腐心<読売新聞オンライン>2025/11/22 07:12

高市首相

 高市首相は、21日に閣議決定した21・3兆円の総合経済対策を巡り、持論とする「責任ある積極財政」の具体化に強いこだわりを見せた。首相が主導して財務省案から約4兆円を積み増すとともに、財政悪化を懸念するマーケットへの対応にも腐心した。

高市首相

 日曜日だった16日。首相は片山財務相、木原官房長官、城内成長戦略相らを首相公邸に集めた。

 「もう一段、何かできることがあるんじゃないの」

 首相は2日前に知った17兆円規模の財務省案について片山氏をただした。同省が各省要求を厳しく査定していることも耳に入っていた。首相には「財務省は面従腹背」(周辺)と見えており、財務官僚は同席させなかった。

 2時間の協議で、首相は「物価高対策は十分なのか」とも口にした。来年1~3月の電気・ガス代の補助増額を求め、子育て世帯への給付金について「やったらどうか」と迫った。補助増額を要求していた日本維新の会や、子育て世帯への特別緊急支援を提言した公明への配慮があった。それに伴い総額を上積みできるとの考えもあった。

 首相は、17日に内閣府が発表した直近の実質国内総生産(GDP)が6四半期ぶりにマイナス成長となったことも、財務省を動かす材料に使った。

 同時に首相が意識せざるを得なかったのが、株式、円、債券がそろって売られた「トリプル安」だ。大型の経済対策になると報じられて以降、長期金利が急上昇し、警告する意見が寄せられていた。マーケットへのメッセージとして、当初予算と合わせた今年度の国債発行額が昨年度を下回るとの説明を用意した。

 首相は21日、記者団に「今行うべきことは行き過ぎた緊縮財政により、国力を衰退させることではない」と語った。財政の持続可能性に触れ、「マーケットからの信認を確保していく」とも強調した。

立民・野田氏「もっと絞れ」…要求反映 国民は評価

 立憲民主党の野田代表は21日の記者会見で、政府の総合経済対策について、「予算規模が大きければいいということではない。もっと絞れと主張していかなければいけない」と述べた。

 同党は総額8・9兆円の案を示しており、野田氏は「政府に比べると半分以下だが、的を絞った即効性のある政策だ」と強調した。共産党の山添拓政策委員長も記者会見で、「円安が進み、物価高に拍車をかける」と政府の対策を批判した。

 一方、国民民主党の榛葉幹事長は記者会見で、同党が訴えてきたガソリン税の暫定税率廃止が経済対策に明記されたことを歓迎した。榛葉氏は「規模感を含め、攻めている」と評価しつつ、財政の観点から「マーケットを注意深く見守る必要がある」と指摘した。

 公明党の斉藤代表も、同党が掲げた子育て世帯への支援策が反映されたことを受け、「評価したい」と記者団に語った。「不要不急のものも入っている」とも述べ、国会審議で政府をただす考えを示した。