国民民主党が主張してきた課税最低限の引き上げが昨日、決着した。来年度予算編成に向けた連立政権の税制改正要綱がきょう決まるが、その前日の合意という際どいタイミングでの決着だった。想像するに水面下で激烈な議論が展開されたのだろう。今回の決着の意義を考える上で重要なのは、日本の財政もどうやら静的モデルから動的モデルへの移行が必要ということだ。動的モデルに移行したとしても、それだけで「責任ある積極財政」が実現するわけではない。だが、税制と財政に関連した単純で偏ったモデルを頼りにする“財政健全派”は、自らの存立基盤が危うくなるのではないか。簡単に言えば自民党の前税制調査会長だった宮沢洋一氏のような、「財源はどうする」といった主張がしずらくなるということだ。こういう状態を称して「ダイナミックスコアリング」というのだろう。

別に新しい言葉ではなく、米国などではすでに実践されている。要するに税制改正に伴う財政の推移を検討する際、静的なモデルではなくその波及効果などを勘案した動的モデルを軸に検討するという意味だ。例えばひと足さきに決着したがガソリン税の暫定税率廃止。廃止に伴う税収減は1兆5000億円程度と見積もられている。暫定税率の廃止によってこの分の財源が喪失するとみるのが静的モデルだ。このモデルを頼りにする人は、「税収減を補う財源はどうする」と居丈高に主張する。だが、現実の経済はそんなに単純ではない。ガソリン価格の低下に伴って需要が増加する。需要の増加は景気に好影響を与え、税収も増える。1兆5000億円を丸々賄えないかもしれないが、暫定税率の廃止に伴う税の減収分はこれより少なくなる可能性が高い。これに課税所得の限度額引き上げが加われば経済はさらに好循環する。それに伴う税収も増えるだろう。景気は気からともいう。期待感が高まれば景気はさらに良くなる可能性もある。

こういう状態を想定したのがレーガン政権の経済顧問を務めたラッファー教授だ。彼は「減税すれば税収が増える」と喝破した。要するにこれがダイナミックスコアリングだろう。減税による波及効果を詳しくモデル化できれば、税制と財政のいがみ合いは解消できる。これを動的モデルとすれば、これは経済学者の仕事だろう。すでにそうした研究をしている学者は一杯いる。これまで無頓着だった政治家に、こうした考えを受け入れる余地が広がり始めた。それが今回の103万円の壁を178万円に引き上げることの歴史的な意味だろう。動的モデルが必要なのは課税最低限だけではない。防衛費、物価対策、上下水道の補修などインフラ投資、AIをはじめ最先端技術の研究開発投資、地方創生に学校教育の拡充強化、少子化対策、年金に健康保険などわれわれのほぼ全てが生活が税制と財政に絡んでいる。政治家も生活者も単純なモデルからより複雑なモデルへの転換が必要だろう。