解散風が吹きまくる中で、サナエノミクスとアベノミクスの違いに気付かない人が多いようだ。同じと考えている人が結構いる。故安倍氏と高市氏の親密な関係と経済政策を混同している。特に主要メディアにこの傾向が強い。個人的にはまったく別物と考えている。今後の政局や経済を考えると、この違いは意外に大きい。アベノミクスが失敗だったことはすでに歴史的な事実だ。異次元緩和という特殊な金融政策に依存したあまりに、富の配分が歪められた。大企業と中小企業、大都市と地方都市の格差が途方もなく拡大した。サナエノミクスには、日本経済を力強く再生する可能性が秘められている。問題は二つの違いが理解されていないことだ。まず何よりアベノミクスは上げ潮派とかリフレ派をバックボーンにした経済理論だったこと。小泉純一郎政権が郵政民営化を推進したが、この流れの延長線上にアベノミクスは位置付けられる。

日本郵便の民営化のように規制緩和を推進し、市場機能に経済政策を委ねる考え方だ。小さい政府を志向し、市場と民間企業が主体となって経済政策を推進する。これがレーガン米大統領とサッチャー英首相が推進した新自由主義経済だ。結果はどうだったか。格差が拡大し、一部大企業だけが儲かる経済が実現した。巨大に積み上がった企業内部留保がその実態を浮き彫りにしている。米国は企業経営者が死に物狂いで国民に寄りそう国だ。日本の経営者は政府に対する依存度が強い。独立性に欠けるのだ。経団連や連合の無惨な現状を見ると、新自由主義は日本にとってハードルが高すぎたのだ。そういう実態を理解しているのだろう。高市政権は「責任ある積極財政」を打ち出した。この政策を鷲掴みすれば、官民が一体となって供給能力を高めようという政策だ。需給ギャップが存在する日本経済にとって、これは一見逆行しているように見える。手取りを増やすなど需要の拡大が先ではないか、誰もが不安を感じるだ。

そこを補うために官民が一体となって投資を推進するのだ。投資はやがて供給能力の拡大につながる。それに付随して経済の潜在成長率が上昇する。そうすれば企業も賃上げがしやすくなる。これがサナエノミクスの成長戦略だ。安倍政権以降の歴代内閣は賃上げに注力してきた。だが、その実態は経団連にベアの引き上げを要請するだけの口先介入に過ぎなかった。サナエノミクスはそれを成長戦略に落とし込んだ。それが重点投資対象の17分野だ。AI・半導体、量子、バイオなど最先端分野に加えコンテンツ、フードテック、防災・国土強靱化、重要鉱物、港湾ロジスティクス、海洋などが含まれる。大企業も中小企業も大都市も地方都市も包摂している。ちなみに筆者が官民一体型の必要性を最初に目にしたのはかなり前のこと。経産官僚の中野剛志氏の「富国と強兵」(東洋経済新報社刊)を読んだ時だ。サブ見出しは「地政経済学序説」。まさに今の時代を先取りする著作だった。日本を代表する経済学者の宇沢弘文氏の共同体論に通じる論考だ。かくして解散・総選挙の結果は、経済政策的には選挙をするまでもなく高市政権の圧勝となる。