• 従業員数は2000人程度、1月だけで30超の新たな製品や機能を投入
  • 新規資金調達で成長圧力強まる、アモデイCEOは使命維持できるか
アンソロピックのダリオ・アモデイCEO
アンソロピックのダリオ・アモデイCEOPhotographer: David Paul Morris/Bloomberg

Parmy Olson

「安全な人工知能(AI)」の実現を掲げてきたシリコンバレーで最も思想色の強い企業が、ビジネスの世界では最も危険な存在になりつつあるのかもしれない。

  足元で起きたソフトウエア株や金融サービス株で起きた約3000億ドル(約47兆円)規模の売りは、AI新興企業のアンソロピックが投入した新たな法務向け製品が引き金になったとみられている。株式相場の急落を一つの理由に帰することの是非には議論の余地がある。だが、今回の騒動が、驚異的な生産性を誇るアンソロピックの破壊力に光を当てたことは確かだ。

  アンソロピックの従業員数は2000人程度だが、今年1月だけで30を超える新しい製品や機能を投入した。5日には、財務処理や書類作成などナレッジワーク向けの高機能ソフト「クロード・オーパス4.6」を発表。セールスフォースやサービスナウなど、インターネット経由でソフトウエアを定額提供するSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)企業の事業モデルを揺るがしかねないとして、市場では警戒感が強まった。

  ChatGPTの開発元であるオープンAIの従業員数は、アンソロピックの約2倍に当たる。マイクロソフトとアルファベット傘下のグーグルも、それぞれ22万8000人、18万3000人の人員を抱え、資本力や販売網で優位に立つ。それでも、コード生成やコンピューター操作を担うAIツールの完成度では、アンソロピックが一歩先を行く。オープンAIとマイクロソフトは最近、市場や社会を驚かすほどの影響力を持つAI製品を投入できずに苦戦している

  一見すると矛盾しているように思えるが、アンソロピックの高い生産性を支えているのは、使命を最優先する企業文化だ。同社はオープンAIを離れた元社員らによって設立された。AIが人類の存続に及ぼし得る重大なリスクを軽視し、安全性に対する姿勢が甘いとの不満を古巣に対して抱いていたためだ。そのため、こうした問題意識は社内で経営思想として定着している。イデオロギーとも呼べる同社の使命を体現しているのが、最高経営責任者(CEO)を務めるダリオ・アモデイ氏だ。

  眼鏡姿のアモデイ氏は月に2度、社員を招いて「ダリオ・ビジョン・クエスト(DVQ)」と呼ばれる会合を開く。人間の価値観と整合するAIシステムの構築から、地政学リスク、アンソロピックの技術が労働市場に及ぼす影響まで、幅広いテーマについて長時間にわたって語る場だ。

  アモデイ氏は昨年5月、AIの進展によって今後1ー5年で初級の事務職の最大50%が失われる可能性があると警告した。安全なAIをほぼ宗教的ともいえる熱意で追求する同社だが、「雇用の安全」は使命のなかで優先事項とはなっていないようだ。

  同社に近い関係者は、社内にはカルト的ともいえる雰囲気があると語る。社員は使命で結束し、アモデイ氏への信頼を公言している。「なぜここにいるのか、誰にでも聞いてみてほしい」と、アンソロピックの主任エンジニアの1人、ボリス・チェルニー氏は最近、筆者に語った。「一人ずつ脇に呼んで理由を聞けば、AIを安全にするためだと答えるはずだ。私たちはAIを安全にするために存在している」

  昨年、メタ・プラットフォームズが上級AI研究者の引き抜きに巨額を投じた際、アンソロピックの社員については、無償で利用や改変が可能なオープンソースAIの構築から距離を置くという方針を示して懸念の払拭(ふっしょく)に努めた。だが、アンソロピックの社員は、こうした勧誘のやり方を危険をはらむものと受け止めた。

  今月初め、アモデイ氏は、AIが文明そのものに深刻な影響を及ぼしかねない差し迫ったリスクについて、2万語に及ぶ長文のエッセイを公表した。同時にアンソロピックは、AIの行動指針をまとめた「憲章」を公開し、主力AIのクロードが一定の意識や道徳的な判断を持ち得る可能性を示唆した。

  これは単なる哲学的な問題提起ではなく、安全対策としての意味合いもある。クロードの行動指針となるこの憲章は、システムが停止される可能性、つまりAI自身が「死」と捉えるであろう状況にどう対処すべきかを、より分かりやすく示している。

  安全性を最優先してきた結果、アンソロピックのAIは信頼性の高さで評価を得ている。メタが出資するスケールAIの研究者らによる調査では、事実でない内容を作り出す、いわゆるハルシネーションが起こりにくく分からないことについてはそう認める傾向があることが示された。こうした特性が企業の安心感につながり、導入する法人顧客は増えている。

  アンソロピックの姿勢は、使命が形骸化しやすいテクノロジー業界では異例だ。多くの企業は人類をより良くするという理想を掲げて創業するが、次第に投資家の利益が優先されるようになる。グーグルはかつて「don’t be evil(邪悪になるな)」という標語を掲げ、オープンAIも「benefit humanity(全人類に利益をもたらす)」を目的に非営利として設立された。

  ただ、アンソロピックの使命を重視する企業文化には、思わぬ効果もある。社員が会社の目標に足並みをそろえて動くため、グーグルやマイクロソフトのような大企業で起きがちな内部の調整や摩擦が少なく、意思決定が滞りにくい。その結果、アモデイ氏は安全性に強いこだわりを持ちながらも、シリコンバレーの大手企業をしのぐ速いペースで製品を世に送り出している。

  「軍事史家はしばしば、高尚な大義のために戦っているという意識が、軍隊のパフォーマンスを高めると指摘する」と、外交問題評議会(CFR)シニアフェローのセバスチャン・マラビー氏は語る。同氏は、近くグーグルのAI研究部門グーグル・ディープマインドに関する著書を刊行する。

  マラビー氏は、アンソロピックの強みは、「クロード・コード」と呼ばれる高性能なコーディングツールの開発に集中し、それを武器に企業顧客を獲得してきた点にあるとも指摘する。さまざまな分野に手を広げてきたオープンAIの戦略とは対照的だ。サム・アルトマン氏が率いる同社は、先駆者としての立場に慢心する「先頭走者の驕りに陥っている」という。

  アンソロピックは現在、企業価値3500億ドルで100億ドルの資金調達を進めている。今後、AIの安全性よりも成長を優先する圧力が一段と強まる見通しだ。規模拡大とともに市場や雇用への影響が避けられなくなる中で、使命を掲げて迅速な製品投入を実現してきたアモデイ氏の企業文化は、これから真価を問われることになる。 

(パーミー・オルソン氏はブルームバーグ・オピニオンのテクノロジー担当コラムニストです。ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)やフォーブスで記者経験があり、著書には「Supremacy: AI, ChatGPT and the Race That Will Change the World」など。このコラムの内容は個人の意見で、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)

原題:Anthropic’s Secret Weapon Is Its Manic Productivity: Parmy Olson(抜粋)