【日米首脳会談の舞台裏】
安倍晋三首相とトランプ米大統領の6回目となる日米首脳会談は、ゴルフ会談を含めると2日間で延べ10時間に及んだ。米朝首脳会談を控え、日米同盟の強固さをまたもや国際社会に示したが、通商問題では激しい応酬も繰り広げられた。首相は「トランプ大統領とならばどんな困難も乗り越えられる」と自信を見せるが、会談の舞台裏では一体何があったのか-。
ハンバーガーもどうだ?
米フロリダ州パームビーチは雲ひとつない夏空が広がっていた。首相、安倍晋三と米大統領、ドナルド・トランプの3度目の日米ゴルフ対決は18日午前9時すぎ、「トランプ・インターナショナル・ゴルフ・クラブ」で始まった。
トランプはにこやかにこう語りかけた。
「シンゾーとゴルフをするのを楽しみにしていたんだ。他の首脳もみんなマールアラーゴに来たがっているけどシンゾーは2回目だ。ここに来てゴルフをしないと意味がないだろ?」
国会対応などに忙殺される安倍がゴルフクラブを握るのは1月2日以来。対決直前にこっそり練習したにもかかわらず、スコアは振るわなかった。
ところが、一緒にコースを回ったプロゴルファー、ジョン・ニーポートが安倍にスイングのコツを伝授すると、スコアはたちまち改善した。にんまりする安倍を横目にトランプはこう言った。
「交渉ごとでタフなシンゾーがゴルフまでタフになったら困るじゃないか!」
さまざまな政治談議を交えながら約3時間のラウンドを和やかに終えるとトランプはこう言い出した。
「ここのランチはうまいが、実はハンバーガーが最高なんだ。どうだ。一緒に食べないか?」
肉厚のハンバーガーを食べながら、安倍が「確かに最高にうまいが、日本のゴルフ場で食べたハンバーガーもうまかっただろ?」と聞くとトランプはうなずいた。安倍が「あれもUSビーフだ」というとトランプは笑顔で親指を立てた。
ただ、直後のワーキングランチのコース料理もボリュームたっぷりだった。トランプはこれも平らげたが、安倍は満腹でほとんど手をつけなかったという。
悩みの種は貿易赤字
訪米した安倍を旧知の友人としてもてなしたトランプだったが、日米通商問題は悩みの種だった。11月の中間選挙を控えて600億ドルもの貿易赤字を何とかしたい。だが、得意とする恫喝的な交渉を安倍相手にやりたくない。
安倍が現地到着直後の17日午後3時から行われた2人だけの会談では、北朝鮮情勢など安全保障が主な議題だったが、ここでもトランプは通商問題を切り出した。
トランプ「600億ドルの対日貿易赤字は何とかならないか?」
安倍「あなたがやった大規模減税により、日本から米国に700億ドルの投資マネーが流れている。トータルの資金フローを見れば米国が黒字だ。しかも米国からのエネルギー、航空機、防衛装備品の輸入は大幅に増えている」
渋い顔のトランプに安倍は環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の対中包囲網としての戦略的意義を説き、米国のTPP復帰を促した。
だが、トランプは「2国間交渉」で譲らない。そこで安倍が切り札として持ち出したのが、新たな枠組みの日米協議だった。
トランプ「ではボブ・ライトハイザー=米通商代表部(USTR)代表=にやらせよう。日本のカウンターパートは誰にするんだ?」
安倍「経済再生担当相の茂木敏充だ」
トランプは苦笑いしながらこう言った。
「彼はタフだと聞いている。手ごわそうな相手だな」
シンゾーの顔はつぶさない
18日のワーキングランチは、レーガン政権でUSTR次席代表を務めたこともある強硬派のライトハイザーも参加しただけに大荒れとなり、50分間の予定が1時間もオーバーした。多数のスタッフの前ではトランプも安倍も強気の姿勢を崩さなかった。
トランプ「シンゾーの顔をつぶすようなことはしない。だが、600億ドル(の対日貿易赤字)は一番大きな問題だ。何とかならないのか?」
ライトハイザー「日本は欧州連合(EU)と自由貿易協定(FTA)を締結しているじゃないか。なぜ米国とはやらないんだ!」
安倍「中国による企業買収や知的財産侵害に対抗するにはTPPこそが最善の枠組みだ。それに農業分野の開放はこれ以上応じることはできない」
やや険悪なムードが漂う中、安倍が「新しいトークス(協議)を立ち上げよう。こちらは茂木にやってもらう」と提案すると、茂木がこう発言した。
「要はグッド・ディールをしたいんでしょ? FTAもTPPもあくまでその手段にすぎない」
これにはトランプも満足そうにうなずいた。ライトハイザーは「やられた」と思ったかもしれない。同席した米政府関係者は報道陣にこうつぶやいた。
「ディフィカルトなランチだった…」
貿易問題とは迫力違う
安倍にとって最大の懸案は北朝鮮問題であり、拉致問題だった。現地到着直後の17日午後の2人だけの会談でも大半は北朝鮮問題に割かれ、30分間の予定だった会談は1時間に延びた。
会談では、米朝首脳会談で想定される事態を入念にシミュレーションしたとされる。安倍は日朝首脳会談を念頭にこう踏み込んだ。
「日本が北朝鮮と過去を清算するということは相当の資金援助をするということだ。日韓国交正常化のときもそうだったが、これが彼らにとって最大のインセンティブとなる」
安倍は拉致問題にも言及した。訪米前の15日に13歳で拉致された横田めぐみ(53)の父、滋(85)を見舞ったことを打ち明け、こう言った。
「ご両親もだいぶ年を取られた。何とか元気なうちにめぐみさんを奪還するのが私の使命だ。ご両親がめぐみさんを抱きしめるまで私の使命は終わらない」
トランプにこの言葉がよほど響いたらしい。直後の少人数会合では安倍を見つめながら「ベストを尽くす」と約束した。17日夜の両首脳夫人を伴った夕食会ではこう語った。
「拉致問題へのシンゾーの情熱はすごいな。貿易問題とは迫力が違う。長年執念を燃やし、決してあきらめない態度はビューティフルだ。シンゾーの情熱が私にも乗り移った。最大限の努力をしよう」
テレビ映りは大切だ
18日夕の共同記者会見でもトランプはこう明言していた。
「拉致被害者が帰国できるようにできることは何でもやるつもりだ。私はそれをシンゾーに約束した」
拉致問題への協力はトランプの友情の証しだったが、裏を返せば、トランプにとって「一番大きな問題」である通商問題で友情の証しを求めてくる公算が大きい。それでも安倍は「トランプが相手ならば日米両国はどんな困難も乗り越えていくことができる」と自信を深めている。
「われわれ2人の絆が強固だということをこれから示そう」
共同記者会見に登壇する直前、トランプは安倍にこうささやいた。さらに安倍のスーツのあちこちに付いたほこりを手で払いながら笑顔でこう言った。
「テレビ映りは大切だ。2人の首脳がスマートに映っていなくちゃ台無しだからな!」
=敬称略
(田北真樹子、阿比留瑠比、小川真由美)