写真・図版

衆院予算委で答弁に向かう厚生労働省の大西康之・前政策統括官。右端は根本匠厚労相=2019年2月8日午後、岩下毅撮影

 厚生労働省の統計不正問題のキーパーソンとされる大西康之・前政策統括官が8日の衆院予算委員会に出席し、問題報告過程の一端が明らかになった。厚労省の危機感のなさが改めて浮き彫りになる一方、なぜ不正が長く放置されたのかなど未解明の点も多く残る。

 「大西さん、何月何日の何時、誰にどう説明したのか教えてください」。立憲民主党の川内博史氏に問われた大西氏は、「毎月勤労統計」の不正調査が発覚した昨年12月に、同省の統計部門を束ねる政策統括官(局長級)だった人物だ。

 大西氏は不正について「昨年12月13日に初めて知った」と述べた。部下を通じて上司へ報告したのは5日後の18日、自ら事務方トップの事務次官らに報告したのは19日だったと説明した。根本匠厚労相が不正の報告を受けたのは20日で、大西氏が不正を知ってから1週間も経過していた。

 ただ野党は、大西氏の報告が遅れた「理由」について、8日の審議では質問しなかった。狙いはむしろ、根本氏らの危機管理能力の欠如を指摘することだった。誤ったデータに基づいた新年度予算案が閣議決定された後、不正が発覚。政府は予算案の閣議決定やり直しに追い込まれた。立憲の逢坂誠二氏は「問題が拡大した責任は大臣にある。初動を誤っていた」と批判した。

 大西氏が不正に気づく機会は、昨年12月以前にもあった。総務省の統計委員会が昨年8月、毎月勤労統計の数字が同年1月分以降で上ぶれしていると厚労省に指摘したためだ。

 厚労省は総務省に「調査対象を見直したため」と説明したが、実際は1月から不正なデータをひそかに補正していたことも上ぶれの要因だった。

 「(省内から)説明を受けなかったのか。自分でチェックしなかったのか」。川内氏に問われると、大西氏は「説明はなく、自分ではチェックしなかった」と釈明。川内氏は「統計担当として『チェックしてませんでした』と言い切られても」とあきれて見せた。

 大西氏は今月1日付で更迭された。毎月勤労統計の後に発覚した「賃金構造基本統計」の不正の報告を怠ったことが理由だった。逢坂氏は「予算委が始まる直前に更迭され、発言を封じるために証人を隠したと思わざるを得ない」と指摘。自身の更迭を理不尽と思わないかと問われると、大西氏は「答弁できない」と述べた。

「波乱避けたい」一転招致、自民の思惑

 大西氏が1日付で更迭されて以降、自民党は「現職が責任を持って答弁する」として大西氏の国会招致を拒んできた。

 一転して応じたのは、今国会は安倍晋三首相の外遊などのため例年より開会が遅く、新年度予算案の年度内成立のためには審議日程が窮屈なためだ。会期中に統一地方選、会期後は参院選を控えるため、波乱はなるべく避けたいとの思惑もある。野党側が大西氏らの国会招致が新年度予算案の審議入りの条件との方針を示したため、これに応じる形で7日、大西氏の「カード」を切った。

 大西氏を招致しても政権への打撃にはならない、との読みもあった。自民国対関係者は「厚労省の問題であって、政治家に関わるような話ではないから出せた」と話す。

 実際の審議では、野党側の質問は根本匠厚労相や、同省特別監察委員長を務める樋口美雄・労働政策研究・研修機構理事長に向けたものが多く、大西氏の答弁から議論が深まる場面は少なかった。

 与党側は一度も大西氏の答弁を求めなかった。国民民主党の玉木雄一郎代表は「1問も聞かないということは、このまま幕引きを図りたいということだ」と批判したが、政権幹部は余裕を見せた。「大西氏をせっかく呼んだのに野党は質問しないのかね。質問することがないんだろうな」

なぜ補正?なぜ身内聴取?残る謎

 大きな疑問はまだ残る。その一つが、「毎月勤労統計」の抽出調査のデータ補正を厚労省が始めた経緯だ。補正は18年1月、ひそかに始まり、その結果、賃金データの大きな上ぶれにつながった。

 厚労省の特別監察委員会の報告書によると、17年冬ごろ、大西氏の前任の政策統括官・酒光一章氏が「東京都の規模500人以上の事業所については全数調査を行っていない」と部下から説明され、不正の存在を認識したとされる。酒光氏は「しかるべき手続きを踏んだ修正」を部下に指示したが、その後の処置を確認しないまま放置し、18年7月に就いた後任の大西氏にも引き継がなかった。

 報告書はこのいきさつを「適切な対応を行う機会を逸した」と批判する。だが、なぜ当時、厚労相や事務次官といった首脳クラスに不正の情報が伝わらなかったのか、踏み込んで調査した形跡がない。

 特別監察委については、聞き取り調査の約7割を厚労省職員が実施していたことが国会審議で判明。調査の独立性への疑問が噴出し、同委が聞き取りをやり直す事態になっている。

 8日の質疑でも、立憲民主党会派の大串博志氏が樋口氏に「なぜ、事務方によるヒアリングを認めたのか」などと迫った。

 だが樋口氏は「(特別監察委員長ではなく)労働政策研究・研修機構の理事長として招致されている」と「ゼロ回答」を繰り返した。

 自らも聞き取りに同席した厚労省の定塚由美子官房長が「委員会の関係は私にお尋ねいただければ」と呼びかけたのに対し、大串氏が「なぜ官僚に言われないといけないのか。のりを超えている」と激高。定塚氏が謝罪する一幕もあった。(村上晃一、別宮潤一、志村亮)