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 「まさか」の措置だった。日本政府が2019年7月1日、韓国への輸出規制強化を発表したことに対して、韓国の半導体業界は衝撃を受けている。取引先日本メーカーにも問い合わせが相次いだ。「政府間の問題で民間企業が犠牲になるのはかなわない。実際にどこまで影響が出るか想像もつかない」

 韓国メーカーも日本の取引先メーカー関係者も頭を抱えている。「今日は、ドナルド・トランプ大統領と金正恩(キム・ジョンウン)委員長の板門店での『電撃会談』で大忙しなのに、予想もしてなかった別の大ニュースが飛び込んできて・・・あれは事実なんですか?  何か聞いてませんか?」

■ 歴史的な米朝会談の日に

 2019年6月30日夕方、筆者に知人の韓国紙部長から電話がかかってきた。何のことかと思っていたら、「産経新聞」が「半導体材料の対韓輸出を規制」という「特ダネ」報道をしていたのだ。

 事情など知るはずもない筆者にまで電話をしてきたということはよほど、取り乱していたのだろう。逆に、「業界は大変なのか?」と聞いたら、「サムスン電子もSKハイニックスも、幹部が集まって情報収集と対応に追われている。トランプ大統領の話どころではない」という答えだった。
 韓国紙デスクによると、「韓国メーカーの担当者は徹夜で対応策つくりに追われていた」という。購買担当者を日本に急遽派遣した企業もある。

 翌朝の7月1日、今度は韓国に進出している日本企業の幹部から、メールや電話が相次いだ。みんなこの話だった。
 それはそうだ。韓国に進出している日本のメーカーの多くは、サムスン電子やSKハイニックス、LG電子などとの取り引きが主な事業だ。ここ20年間、これらの企業が急成長したことで、取引先の日本企業も売上高をどんどん増やしてきた。

 規制強化の第1弾であるレジスト(感光材)など3品目については、買っている韓国の半導体メーカーも、売っている日本の化学メーカーも「非常事態」だ。「毎日経済新聞」によると、日本企業のシェアは、フッ化水素90%、レジスト80%、フッ化ポリイミド70%だ。日本からの輸入に大半を依存している。

■ 材料の在庫は大量にはない

 日本メーカーの材料は高品質である上に納期がきちんとしている。だからほとんどが大量の在庫を持たない「ジャストインタイム」に近いサプライチェーンを構築している。おまけにガス類は長期保存が難しい。だから、7月4日から規制強化といわれてもすぐに大量確保はできない。

 韓国を安全保障上の「ホワイト国」から除外する措置については手続き開始までまだ少しだけ時間的な余裕はあるが、対象品目は広い。最悪の場合は、韓国の輸出の4分の1を占める半導体の生産に障害が出る可能性もある。

「日本“徴用判決報復”韓国に痛い所を叩いた」(中央日報)
「安倍の奇襲挑発…経済戦争“砲門”」(毎日経済新聞)
「韓国企業の急所を突いた“日本の報復”」(朝鮮日報)

 7月2日付の韓国主要紙は、ほとんど1面トップで報じた。KBSニュースも、トップだった。本来なら、「トランプー金正恩」の歴史的な会談とその後続措置がトップになるはずだったが思わぬニュースになってしまった。

 韓国政府も日本政府の措置は予想外だった。1日は、朝7時半から洪楠基(ホン・ナンギ=1960年生)経済副首相が非公式の経済案件会議を開いた。さらに青瓦台(大統領府)などでも協議があったようだが、とりあえずの対応は、在韓日本大使を呼んで抗議した外交部や、産業通商資源部に任せることになった。

 韓国紙デスクはこう説明する。「急なことで、青瓦台が前面に出て対応して状況を悪化させるより、実務的な対応をするやり方を選んだようだ。一方で、良いニュースだと青瓦台が出るが、悪いニュースになると出てこないという批判も出ている」

 産業通商資源部長官は、日本の措置を批判するとともにWTO(世界貿易機構)への提訴などあらゆる手段を検討すると述べたが、対応は比較的落ち着いていた。では、産業界にはどれほどの影響があるのか? 

■ 証券市場は見方錯綜

 7月1日の証券市場は、比較的落ち着いていた。サムスン電子の株価は前週末比で400ウォン安い4万6600ウォン(1円=10ウォン)、SKハイニックスの株価は同500ウォン安い7万ウォンだった。市場関係者も影響を計りかねている。あるアナリストは言う。

 「大阪での米中首脳会談が決裂しなかった。特にトランプ大統領が華為技術(ファーウェイ)への米企業による部品販売を認めると話したことは、韓国2社にはプラスだ」

 「日本政府の措置は、もし、禁輸に近いような輸出規制になれば大打撃だが、いくらなんでもそこまではやらないという見方が大きい」
 「そもそも半導体市況が昨年秋から悪化して業績も悪化している。メモリーの在庫水準も高く、当面は、事態を見守るという雰囲気が強い」
 こういう見方からか、SKハイニックスの株価は2日は、上昇に転じた。

 韓国メディアの扱いは大きかった。意表を突いたという点では、「日本政府の意思」を韓国に伝えるという効果はあった。だが、記事の中身を見ると、韓国の半導体業界への影響を懸念しながらも、「自由貿易の原則に反する」「参院選を前にした措置だ」「韓国製半導体の生産に影響が出ると世界経済にも影響が出て、日本批判も高まる」という指摘が多い。

 どうしてこういう事態になったのか。徴用工問題についての韓国大法院判決後の韓国側の対応にも問題はなかったのか、という指摘は、あまりなかった。

 問題はこれからだ。

■ 240億ドルの黒字相手

 日韓の政府間の関係はさらに冷え込んでいる。日本政府はこうした措置をとったことで、韓国政府が徴用工問題の解決に向けて果たして動き出すのか? あるいは、韓国側も報復措置に出てさらに状況は悪化するのか? 

 日韓の産業界が最も危ぶむのは、そのつけがすべて企業に回ってくることだ。
日韓関係は山あり谷ありだった。政府間の関係が悪くても、企業同士は冷静に対応してきた。徴用工問題は、そんな企業が当事者になってしまい、日本企業の財産の差し押さえにまで進んでしまった。

 放置することは到底できないが、事態の悪化だけは何としても避けてほしい。こういう切実な声が韓国では日韓双方の企業から出ている。韓国の統計によると、2018年、日本から韓国への輸出額は546億ドルで中国、米国に次ぐ3位だった。韓国から日本への輸出額は、305億ドル。日本にとって韓国は240億ドルもの貿易黒字相手国だ。

 韓国側も、材料や部品を安定的に確保して「半導体強国」を作り上げた。お金だけの問題ではないが、こうした深い関係を長年かけて築き上げてきたのだ。

玉置 直司